デザインの本質

アート思考の研究をしているととてもよく聞かれる質問があります。

「アートとデザインの違いってなんですか?」

「アート思考とデザイン思考は対立しているんですか?」

「デザイン思考では新規事業は生み出せないからアート思考を使うべきでしょうか?」

アートとデザインの関係についてよく問われるのです。

私は、新規事業を生み出す際に、アート思考もデザイン思考も両方とも使っているため、対立している思考だとは考えてはいないのですが、対立軸でとらえる方もいらっしゃるのだと知り、その背景には、アートとデザインの関係があるのかなぁと思っていました。

そこで、今年のはじめに、本研究会の代表幹事のひとりである阪井和男先生と『アート思考はブームになったのか?――デザイン思考とアート思考の社会的受容――』という論文を書きました。その中で、明治時代初期における西欧文化が咀嚼され浸透する過程で英語“art”の日本語化が進められた結果、芸術、美術、アートなどの言葉が併存するようになった歴史的背景を振り返り、それぞれの言葉が持つ意味とニュアンスを明らかにして”art”概念の浸透と文化を論じました。

そして、その中で、artと芸術は同義で使われているけれども、artとアートは同義ではないこと、芸術の中に、美術、デザインなどが含まれていることを示しました。この論文の中では、デザイン思考とアート思考の発展についても触れています。

こうして比較されることが多いため、日ごろからデザインやデザイン思考関連の本も数多く読んでいるのですが、今回とりあげる『デザインの本質』を読み、アートとデザインはその人の定義、解釈で同じものではないか?と感じました。

デザインの本質は何なのか? 

たくさんのヒントが詰まっている本でした。

デザインとは何か。 デザインはどこへ行くのか。

“醤油瓶から新幹線まで”をデザインし、日本のデザインを牽引してきた世界屈指の総合デザイン会社「GKデザイン」。その「GKデザイン」社長田中一雄が説く、デザインの本質。彼だからこそ気づけた、時代を超えて生き抜くデザイナーに伝えたい「スピリット」と、デザイン経営に重要な「思考」と「視点」。社会が激変する時代に、明日を拓く「価値」とは何か。デザインの未来の姿が、ここにあります。(Amazon.co.jpに掲載されている出版社からのコメントより)

目次
はじめに
第一章 今日のデザインとは
第二章 デザインが目指してきたもの
第三章 デザインの社会的使命
第四章 本質的価値を考える五つの視点
第五章 デザインはどこへ行くのか
おわりに

「創造性をもって社会全体の『より良い明日』を拓く行為」

本書では、明治時代にデザインが「意匠」と訳されたことから、日本では「デザイン=色や形を創る」と解釈されてきたことが、日本におけるデザインへのイメージが狭くなってしまっていたことを述べています。

そして、中国はデザインを「設計」と訳したことから、中国企業のイノベーションを大きく推進することになったことを第一章で丁寧に解説してくれています。

日本語の場合は、海外から言葉が入ってきたときに、どのように日本語に翻訳されるかで、その言葉が持つ意味合いが大きく変わってしまう事例です。

「はじめに」の中で、著者は、

デザインは「専門性の高い表現行為」から、「創造性に基づく発想行為」へと拡大した。そこでは、「イノベーション」や「ソリューション」が大きなテーマとなり、産業社会との結びつきを強めている。また、国際社会においても、「テクノロジー」や「ビジネス」などと抱合した概念として捉えられ

『デザインの本質』(p.3-4)

ていると論じており、さらに、

デザインとは「創造性をもって社会全体の『より良い明日』を拓く行為」と言える

『デザインの本質』(p.4)

と言い切っています。

 これを読んだ時に、「芸術」という言葉がどのように定義されているのかを確認してみました。『大辞林 第三版 』(三省堂)には、

芸術とは「①特殊な素材・手段・形式により,技巧を駆使して美を創造・表現しようとする人間活動,およびその作品。建築・彫刻などの空間芸術,音楽・文学などの時間芸術,演劇・舞踊・映画などの総合芸術に分けられる。

『大辞林 第三版』

とあります。

この定義と、著者がデザインといっているものを比べると、非常に近しいものにあるのではないかと感じました。

大辞林の定義によると、芸術は必ずしも「より良い明日」を拓くかどうかは含まれておらず、また私自身の経験からも、芸術が「より良い明日」を創り出すケースもあればそうでないケースもあると思いますので、実用的という面からすると、デザインのほうが我々の生活に密着したイノベーションやソリューションを生み出すには適切な手段なのではないかと受け止められるのではないでしょうか。

本質的価値を追求するには、ゼロから考える

第四章では、デザインの本質的価値を5つの視点(「ゼロから考える」「ヒトからはじめる」「想いを伝える」「物語を創る」「社会を変える」)で説明しています。

それぞれの視点に対して、美しい写真の事例をたくさん挙げているのがとてもわかりやすいです。

たとえば、「ゼロから考える」の節では、

デザイナーの役割は、「ユーザー自身も気づかぬ内在した欲求を導き、機能を与え、美をもってカタチを生み出し、社会的な関係性を創ることにある」

『デザインの本質』(p.118)

とあります。

具体例として、シンボルを創り出した事例としてキッコーマンの醤油卓上びんや成田エクスプレス、インタラクティブ地球儀などを挙げて説明しています。

こうして具体例をたくさん挙げながら、デザインをするときに、「そもそも〇〇とは……」とゼロから考え、モノやコトの本質に迫り、「そもそも人は何を求めているのか」を考え、それをさらにカタチに落とし、人に伝わるようにすることで、ゼロから1を創り出していることがわかります。

5つ目の視点には、「社会を変える」と挙げていて、社会的視点が不可欠であることも説いています。

明治大学サービス創新研究所で行っているアート思考の研究では、アート思考は自分の想いだけでなく、社会との距離を考え、社会と共鳴させていくプロセスとしてアート思考を定義しているのですが、この『デザインの本質』の中では、それと同義のことが数多くの事例とともに書かれていることから、イノベーションとは、アート思考なのかデザイン思考なのかを問うのではなく、モノやサービスを創り出すことの本質なのではないかと思いました。

デザイナーを目指す方だけでなく、アート思考に興味を持っているすべての方におススメしたい1冊です。

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