2020年の時点で、アート思考という言葉はブームになりつつあるものの、アート思考という言葉には、共通の定義やプロセスがありません。
代表幹事及び幹事はそれぞれの定義に基づいて、アート思考の研究や活動を進めております。
代表幹事 秋山ゆかり・浅井由剛・阪井和男の定義
アート思考とは、アーティストが持つ創造性に着目し、アーティストがアートを生み出す過程で用いる特有の認知的活動を指す言葉です。創造性とは、持って生まれた特別な資質ではなく、日常における習慣から生み出されるものです。そのプロセスは、図1の3つのステージに分かれており、全体を遂行にするには、図2にあげる4つのスキルセットが必要になります。
代表幹事 片山淳の定義
アート思考とは、アーティストが創作をする際のプロセスや考え方を参考に、仕事や生活、人生などに生かすこと
幹事 増村岳史 の定義
アート思考とは、アーティストの思考や制作プロセスをビジネスや人生に活かすこと。
幹事 中郡久雄の定義
アート思考とは、アーティストがアート作品を生み出す過程で使われる感情や論理をヒントにして、アート作品以外のものを生み出すための手がかりとする思考法
アート思考の歴史
2008年ごろからフランスのビジネススクールESCPのシルヴァン・ビューロゥ氏が現在”Art Thinking Improbable”[1]と呼ばれるプログラムを開催し始めた[2]。起こりそうもないものを確実に生み出す方法を概念化したワークショップだ。2009年にビューロゥ氏の友人でアーティストのピエール・テクティンが作ったImprobable(起こりそうもないもの)教育メソッドを取り込み、先験的な創造性を持たずに起こりそうもないものを創り出すことを可能にする創造手法を学ぶこと、確実性や現状を疑うことで作品をデザインすることの2つのアプローチで教えられるようになった。ビューロゥ氏は、2017~8年ごろから”Art Thinking Improbable”という名称を定常的に使い始めた[3]。このArt Thinking Improbableでは、芸術または起業家精神で創造するために、6つのプロセスを中心に構成されている。「貢献」「逸脱」「破壊」「漂流」「対話」「出展」の6つだ[4]。 このプログラムは現在もビジネススクールのプログラムとして提供されている。このワークショップは、フランスの軍事学校であるEcole de Guerreや、起業支援プログラムとしても提供されており、フランスだけでなく、イギリス、ドイツ、スペイン、カナダ、米国など、欧米各地でも開催され世界中に広まっている[5]。日本では、2018年にBureau氏のアート思考ワークショップが初めて開催され[6]、2019年6月には、日本マイクロソフトが川崎重工業や資生堂など約20社に声をかけ、アート思考を養うワークショップ“Art Thinking Improbable Workshop for Flags!”[7]が開催され、企業への広まりをみせている[8]。
シルヴァン・ビューロゥ氏とほぼ同じ時期の2008年ごろ、スイスのLorange Instituteでイノベーションとクリエイティビティの教授をしているイェルク・レッケンリッヒ(Jörg Reckhenrich)は、”The Strategy of Art”を書き、ビジネスとアートをつなぐものとなったと評された。シルヴァン・ビューロゥ氏が「起こりえないものを確実に作り出す方法としてのアート思考」を提唱する中、レッケンリッヒ氏は、「クリエイティブリーダーシップにおけるアート思考」を提唱しはじめた。レッケンリッヒ氏は、15年以上にわたって世界中の大企業と協業し、アートを通じてより革新的で創造的になることを支援してきている。創造性は芸術に内在しているという観察からはじめ、芸術家のアプローチを概念化し、どのような習慣が創造性を表現できるかを見極めようとした。アート思考は3つのプロセスからなるとし、「インスピレーション」「直感」「想像力」と定義している[9]。また、共有と対話を中心に考えており、起業家を招待して抽象的な芸術作品について話あうことで、レッケンリッヒのアート思考を教えている。対話を使用することで、自分自身を発見し、自分の創造力を理解できるとしている。
アート思考という言葉が世界的に知られるようになったのは、エイミー・ウィテカーの『アート・シンキング』という本が貢献していると言われている。日本では2020年2月に翻訳が出版されたが、原著は2016年7月に出版された。エイミー・ウィテカーの「アート・シンキング」という考え方は、ファイナンシャルタイムズ[10]など様々なビジネス誌で取り上げられ、MBAよりもMFAという流れを作った1人とも言われている。山口周氏もこのファイナンシャルタイムズに2016年11月13日に掲載された「The art school MBA that promotes creative innovation(美術大学のMBAが創造的イノベーションを加速する)」をたびたび取り上げている[11]。
日本において「芸術思考」が阪井和男・有賀三夏によって提唱されはじめたのは2012年である。「芸術思考」は、人が芸術を創り出すときに、創出・創発する思考プロセスからヒントを得て、学習者主導の「生きる力」を育むアプローチとして構想した阪井・有賀による造語である[12]。「生きる力をはぐくむ芸術・デザイン思考による創造性開発拠点の形成 平成25年~平成29年度私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」として5年間の研究が行われ、教育向けの研究が進められた。
アート思考が広く知られるようになったきっかけには、2017年に山口周氏が出版した『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』[13]がある。この本はベストセラーとなり,2018年ビジネス書大賞準大賞を受賞した[14]。その後は、2019年秋ごろからアート思考の本が次々と出版され、「アート思考」はブームを形成しつつあり[15]、一般に広まりだしたと考えられている。
参考文献
[1] “Open Programme Improbable: An Art Thinking Workshop”. ESCP Business School,https://www.escpeurope.eu/programmes/open-programmes/improbable-art-thinkingworkshop, (2020 年 1 月19 日アクセス).
[2] 西村真里子, 「アジャイル型で作品を生み出す、アート思考ワークショップがいま必要な理由」, https://forbesjapan.com/articles/detail/27726, (2020年1月19日アクセス).
[3]秋山ゆかりとSylvain Bureau 私信 2020年2月5日.
[4]Sylvain Bureau, “A method to create the improbable with certainty“.ESCP Business School, https://drive.google.com/file/d/1zNN6uuK2hu9-1vzjxt8Q6t56wQnyewhD/view(2020年1月19日アクセス),pp.5.
[5] 西村真里子.“アジャイル型で作品を生み出す,アート思考ワークショップがいま必要な理由”(2019 年 6 月 11 日).Forbes JAPAN,
https://forbesjapan.com/articles/detail/27726, (2020 年 1 月 19 日アクセス).
[6] 中村直香.“今なぜ“アート”なのか:ゼロからイチを生む「Art Thinking Improbable Workshop」の全貌とは”(2019 年 8 月 2 日).CreatorZine,
https://creatorzine.jp/article/detail/126?p=2, (2020 年 1 月 19 日アクセス).
[7] 中村仁美.“デザイン思考ならぬ「アート思考」とは?:マイクロソフトも推進” (2019 年 10 月 3 日).日経クロストレンド,https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00097/00019/,(2020 年 1 月 19 日アクセス).
[8] Japan News Center. “ゼロからイチを創る思考を学ぶ Art Thinking Workshop 開催” (2019 年 7 月 2 日).Microsoft, https://news.microsoft.com/ja-jp/2019/07/02/190702-artthinking-workshop-hold/,(2020 年 1 月 19 日アクセス).
[9]Jörg Reckhenrich・Martin Kupp・Jamie Anderson Anderson.”Understanding creativity: The manager as artist”.Business Strategy Review 20(2):68 – 73.
[10]Rebecca Knight.”MBA-toting evangelist for ‘art thinking’ at work”(July 4 2016).Financial Times,https://www.ft.com/content/8e2baf46-33c6-11e6-bda0-04585c31b153,(2020年1月19日アクセス).
[11]サノトモキ.”現代はMBAより「アート」を学べ!? 世界のエリートが“美意識”を鍛える3つの理由”(2019年9月24日).R25, https://r25.jp/article/724116560937224522,(2020年1月19日アクセス).
[12] 阪井和男・有賀三夏.“生きる力を育む芸術思考:知的能力の統合的な育成を目指して”.情報コミュニケーション学会研究報告,2012 年10 月6 日,Vol. 9,No. 2,pp. 14-19.
[13] 山口周.“世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」”.光文社,2017 年7 月19 日.
[14] “ビジネス書大賞2018”.http://biztai.jp/2018/prize.html, (2020 年1 月19 日アクセス).
[15]秋山ゆかり・阪井和男. “アート思考はブームになったのか?―デザイン思考とアート思考の社会的受容 ―“.『次世代研究』, 明治大学サービス創新研究所, No. 2, 2020年5月1日.