アーティストは、どのような思考や姿勢で創作と向き合っているのでしょうか?
作品を生み出す能力や努力はもちろん必要かもしれません。
しかし、創作とは突然ひらめくものではありません。
日々の地道な努力、習慣、周囲の理解と協力、そして自分を知り、くじけそうなときにどう振る舞うかを知っておくことが大切です。
本書は、「ひらめく」のが目的ではなく、サブタイトルにあるように「創造的生活を続ける」ということに焦点を当てています。
「クリエイティヴなメンタルを保つために何をしたらいいのか?」「創造性が削がれそうになったときの対処法」といったことから、「周囲の人はアーティストをどう支えたら良いのか」といったところまで、非常に多岐にわたる内容がこの一冊に詰まっています。
<目次>
イントロダクション
第1章 創造力
第2章 心理学入門編
第3章 9つの次元
第4章 4つの底流
第5章 生活すること
第6章 感じること
第7章 愛すること
第8章 コミュニティ
第9章 コラボレーション
第10章 スピリチュアリティ
終章 私たちを待ち受けるものは?
創造的であり続けるために必要なこと
どんなにクリエイティヴな人であっても、常に創造的であり続けられるわけではありません。
大切なのは「創造的であり続ける」、つまりアーティストであれば長い間作品を作り続けるということです。本書では、そのために必要なのが「クリエイティヴ・マインド」だとしています。
著者のジェフ・クラブトゥリーはミュージシャンからアートカレッジの運営に転身し、妻であるジュリー・クラブトゥリーは心理学者として多くの臨床経験のある方です。
これまで1000人以上の若いアーティストと関わってきた経験から導き出した「クリエイティヴ・マインド」を作るための方法は、非常にユニークな視点で書かれています。
たとえば著者は、創作のプロセスを「知覚・発見・制作」という3つの段階に分けられるとしています。
「知覚」とは、ただ視覚的に注意を向けるだけでなく、意識の内側や外界から受け取るものも指しているとしています。
つまり五感や意識や感情を使うことすべてが知覚だというわけです。
「発見」は、知覚したものを解釈すること。
知覚を内面に落とし込みアイデアを練ることもここに含まれます。著者は、この段階で夢を見ること(想像すること)の重要性を強調しています。
最後に「制作」ですが、これは創作プロセスにおける氷山の一角で、その前に知覚と発見を十分に行うことが大切だとしています。
ただし、イメージ通りのものを創作するには、実現できるだけの技術が必要であり、そのためには練習あるのみ……としています。
ビジネスの世界ではアイデアだけが取り上げられがちですが、アーティストの創造を扱ったこの本では、それを実現させるための修練の大切さが強調されています。
また、創造する頭脳の特徴として「エゴ、姿勢、思考、感覚、焦点、感情、エネルギー、空間、行動」の9つを挙げ、これを「9つの次元」という言葉を使って解説しています。
これはアーティストだけでなく誰でも持っているものだそうです。
本書はほかにも、「不安、拒絶、存在不安、都合のいい解釈」が創造性を阻害する要因だとし、それを防ぐための具体的手法の紹介を紹介したり、「コミュニティ、コラボレーション、スピリュアリティ」といった創造性を発揮するための「3つのカギ」について解説したりしています。
「波」をコントロールすること
本書では、アーティストは常に一定のスタンスや精神状態でいるという誤解を解いています。
アーティストの精神状態は、「満ち潮と引き潮の間を行き来する波のようなもの」とし、この行き来できる状態こそが必要だとしています。
つまり、常に動き続けられる状態をいかに作るかということです。
人間は、エネルギッシュで前向きな状態なこともあれば、気力が減退し何事も後ろ向きに捉える精神状態になることもあります。
どうしても前者ばかりが良いと思われがちですが、実はどちらも創造のためには必要な精神状態であり、自分で満ち潮と引き潮を把握したりコントロールしたりすることが大切なのです。
同様に、前項で触れた「9つの次元」のような思考の働きにおいても、一貫しているわけではないと伝えています。
相反する両極端な価値観の間を行ったり来たりすることこそがアーティストの特徴であり、この流動性の高さが創造的な思考を形作っているのです。
著者はアーティストの例を挙げて論じていますが、これはアーティストではない我々にとっても大いに参考になるでしょう。
常に安定したメンタルや考え方を持つことが重要なのではなく、自分の中の相反する価値観や感情を許容し、それをコントロールすることが創造的でいるために必要だと気付かされました。
協力者とともに創造性を高める
この本でもうひとつ興味深いのは、周囲の人がアーティストをどう支えるかということに触れていることです。
創造的生活をするためには、ときにほかの人とは違う生活時間を送る場合もあります。
また、自分のメンタルの状態に悩むこともあるでしょう。
そのような際に、周囲はどうサポートすべきかということについて、さまざまな例を挙げて紹介しています。
クリエイティヴな活動をするには、その生活を理解し、サポートしてくれる協力者がいたほうがうまくいく場合が多いのです。
もちろん、アーティストではない多くの人たちには一見関係のないことのように思えます。
しかし誰もが、自分をサポートしてくれる味方を見つけたほうが、より創造的な環境を作りやすいでしょうし、自分自身をケアしてコントロールするときの参考にもなるでしょう。
ビジネスにおいてもクリエイティヴな人やチームと関わったり率いたりする場合、クリエイターたちが何を考え、どのような価値観で動くのかを知るときにも役立つはずです。
より創造的な場を作ることこそがクリエイターたちのモチベーションになる、つまり人の創造性を発揮しやすいということを本書は示しています。
一読しただけですべて理解し実践するのは難しいかもしれませんが、細かく項目分けされ、課題や事例、実践方法などが書かれているため、必要なところを見返したりするだけでも少しずつ「クリエイティヴ・マインド」が理解できるはずです。
アーティストの思考法を知りたい方はもちろん、創造的な思考を身につけたい方、そして創造的なチームを作りたい方になどにとっては、多くのヒントを与えてくれるでしょう。
ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス
ミュージックメディア部書籍編集長
1975年生まれ。エンタメ系出版社で雑誌の編集に携わり、フリーの編集・ライターなどを経て2006年にヤマハミュージックメディア入社。
現在、ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス ミュージックメディア部書籍編集長。音楽や音に関するテーマを中心に、教養書、実用書、自己啓発書、エッセイなどの編集に携わる。これまで160冊以上の書籍やムックを手掛ける。
主な担当書籍は『作曲少女シリーズ』(仰木日向/まつだひかり)、『音大卒は武器になる』(大内孝夫)、『ヴァイオリニスト20の哲学』(千住真理子)、『だからピアノを習いなさい』(黒河好子)、『「響き」に革命を起こすロシアピアニズム』(大野眞嗣)、『声が20歳若返るトレーニング』(上野実咲)、『本物の思考力を磨くための音楽学』(泉谷閑示)、『自分の強みを見つけよう~8つの知能で未来を切り開く~』(有賀三夏)、『フレディ・マーキュリー 孤独な道化』(レスリー・アン・ジョーンズ/岩木貴子訳)など。