ソーシャルデザインの教科書

著者である村田智明氏は、株式会社ハーズ実験デザイン研究所METAPHYS代表取締役であり、鳥取のなんぶ里山デザイン機構デザイン大学講座などの地域振興にも多く携わる傍ら、社会性を持ったデザインの啓蒙にも尽力されている方です。

私は今年、村田氏の研修に2回ほど参加しました。

1回目は「社会課題を解決するデザインを考える~『ソーシャルデザイン』思考」、2回目は「アートマネジメントオンライン研修 『デザインとは何か?』」というタイトルでした。

「社会課題を解決……」や「デザインとは……」といった講座のタイトルからはアート思考ではないのではないか?と訝る方も多いのではないかと思われます。

私も受講前はアート思考とは考えていませんでしたし、村田氏自身も「アート思考」という言葉は使っていません。

しかし、村田氏の講座を受講したあと、これはまさにアート思考の本質ではないか? と考え、より詳しく知り深く考えてみたいと思い本書の購入に至りました。

本書評ではそのあたりを詳しく述べてみたいと思います。

1300年間、連綿と続く式年遷宮こそ、日本初のソーシャルデザインだ。サステナブル(持続可能)な社会をつくるために、今わたしたちは何をすべきなのか。さまざまなフィールドから、デザインマインドを持つ実践者の事例を読み解き、展望を描く。(「BOOK」データベースより)

<目次>
Part.1 ソーシャルデザインとは何か?
Part.2 「ソーシャルデザイン」で日本は変わる
Part.3 32のソーシャルデザイン

私の考えるアート思考

本論に入る前に、私の考えるアート思考について述べたいと思います。

「アート思考」とは「アーティストが作品を生み出す時の考え方、思考プロセス」です」(NTTデータ)

私は、アート思考についてこのように理解はしていたものの、もやもや感がありイマイチ捉えきれていない面がありました。

そんな折、『自分の人生を創り出すレッスン』(Evolving)という書籍に出会い、その著者であるロバート・フリッツ氏や訳者である田村洋一氏の講演を聴く機会に恵まれました。

そこで特に印象に残っている話(概要)は、「創造プロセスとは、自分はいつまでにどうしたいのかというビジョンを設定し、それに対する現実を把握し、必要な手段でそれを生み出すというもので、問題の発見や解決ではない」というものです。

このバックキャスティング(未来のある時点に目標を設定し、そこから逆算して現在すべきことを考えること)的な考え方である「創造プロセス」は、自ら考える理想像と現実とのギャップを埋めるということから高い目標に到達できる可能性を秘めていると考えられ、以来、私が考えるアート思考=「創造プロセス」と定義しています。

またこのように定義することで、「アーティストが作品を生み出す時の考え方、思考プロセス」についても、納得感を得ることができました。

ソーシャルデザインとは何か?

「ソーシャルデザイン」という言葉を初めて聞いたという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

ソーシャルデザインとは、ひと言で言うと、単なる利益追求ではなく、社会貢献を前提にしたコトやモノのデザインのことである

『ソーシャルデザインの教科書』(p. 18)

では、「社会貢献を前提にしたコトやモノのデザイン」という説明から何を連想するでしょうか?

私は、スウェーデン発祥の家具量販店であるIKEA(イケア)の「障がい者向け家具の新提案」を思い出しました。

この動画をご覧いただいた多くの方は、これは障がい者にも無理なく使うことができる家具のデザインということで、課題の解決であり、アート思考とは別物ではないか?とお考えになると思います。

では、なぜ、私が村田氏の講座からアート思考を想起したのか、そのひとつは、子どものデザイン教育に関する村田氏の提案・考えを聴き、感銘を受けたことによります。次にそれについて述べたいと思います。

デザイン教育で子どものWILLを育てる

「SKILL(スキル)は単なるツール、手段であり、目的を成し遂げるには、そこに「WILL=意志」の力が必要になる。そして、このWILLに相当する教科が「でざいん」である。

国語や算数、理科、社会、体育など、具体的なSKILLを使って自分の身の回りの問題を解決していく方法を学ぶ、まさに根幹の教科である。

逆に言えば、これだけ大事なWILLの部分がずっと不在のまま、教育が行われていたことになる。教育機関で教えられる学問は、WILLを欠くため個々の知識連携が起こらず、ただ単に受験のための道具になり下がり、社会で必要とされる本来の意味での知識になり得ないのだ」

『ソーシャルデザインの教科書』(p. 80)

「子供は誰でも芸術家だ。問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ」というピカソの名言があります。私はこの名言に強く感銘を受けており、芸術家とは誰から言われるまでもなく、自らの自由な発想により自由に行動する人であると考えています。

私には高校生と中学生の息子がおりますが、小学校入学前は公園の砂場で砂山を自由に作ったり壊したり、アリの行動を何時間も追いかけたりといった、親や先生に教えられるまでもなく、自由な発想で自由に行動していました。ところが、小学校に入学し塾に通いテストや受験を経験するうちに、いつしか小さいころの自由な行動がなくなり、ひとつのレールに乗っているのでは? と思い、親としてもハッとさせられることがあります。

また自らの行動を振り返ってみても、報酬や評価によって働かされている自分に気が付くことがあります。

ピカソの言う「芸術家」でいられなくなっているわけですが、その解決策として、算数、国語、理科、社会などそれぞれの教科をつないで関連づけてその使い方を教える、村田氏の言う「でざいん」教育は、子どものWILLを育てるために考えられ、研究されたものであり、今すぐにでも学校教育に取り入れていただききたいものと考えます。

村田氏のビジョンを私の考えるアート思考=「創造プロセス」から考察する

原爆を落とされ、被爆した唯一の国、また原発事故の被害を経験した国でもある日本。その恐ろしさを最も知り尽くしながら、地震大国というリスクを抱え、核と向き合う理由がどこにあるのだろうか。産業革命の汚点は地殻から鉱物燃料を掘り出したことかもしれない。石炭、石油、ウラン……それがパンドラの箱を開けることだったのかもしれないのだ

『ソーシャルデザインの教科書』(p. 102)

私は、上記引用から20世紀の有名な演説を想起させられました。

「私には夢がある。いつの日か、ジョージアの赤土の丘で、かつての奴隷の子孫たちとかつての奴隷所有者の子孫たちが、兄弟の間柄として同じテーブルにつくという夢が」

今読むべき、キング牧師「私には夢がある」(I Have a Dream)演説全文

これは公民権運動の指導者だったキング牧師の演説の一部で、皆さんもよくご存じのことと思います。

この演説からはビジョンが視覚的に明確に伝わってきますし、村田氏の文章からも、被爆国からの平和のメッセージとしてのビジョンが伝わってきます。

また両者はそれをきちんと言葉で伝えられており、共通して感じるのは、「将来、こんな素晴らしい社会を私たちの子孫に残したい」という内面から発生する強い想い、信念というものです。

昨今、社会の持続可能性への疑問が叫ばれて久しいですが、このようなビジョンのもと、現実はどうかというと、「産業革命以来、急速に二酸化炭素が増し、温室効果ガスが地球環境を一変させている」(『ソーシャルデザインの教科書』p. 102)のではないでしょうか。

また燃料廃棄物について、村田氏は「環境に大きな負荷をかけ、生産コストは高く、地下資源を大量に使うというやっかいなしろものだということが明らかになった。時代は原子力ではない。世界ははっきりと認識し、再生可能エネルギーの普及に向けて走り出している」(『ソーシャルデザインの教科書』p. 102~103)とも述べています。

私が考えるアート思考=「創造プロセス」と前述しましたが、ビジョンを描き、現実を把握する、それからデザインへと結びつける……このような流れで本書を読み解くことで、アーティストが作品を生み出すときの思考プロセスを感じることができますし、「創造プロセス」にも通底するものと考えます。

いかがでしたでしょうか?

本書にはアート思考という言葉は一切書かれていないものの、アーティスト的思考法とサステナビリティを同時に考えることができる、示唆に富む書籍であると思います。

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