2001年くらいのことでしょうか。私が当時勤めていた出版社の先輩が、「これおもしろい!」と1冊の本を見せてくれました。
『ROADSIDE JAPAN―珍日本紀行 東日本編』(筑摩書房)というその本は、秘宝館や奇妙な博物館といった、「見過ごしてしまいがちだけれども、よく考えると変なモノ(場所)」に焦点を当て、写真とテキストで紹介したものでした。
掲載している場所の多彩さ、写真のスケール感、解説のていねいさなどに惹かれ、すぐに自分も買った記憶があります。
この本を手掛けたのは都築響一氏。
作家、編集者、写真家などさまざまな肩書を持つ方です。
学生時代から、1980年代の若者カルチャーを牽引した『POPEYE』や『BRUTUS』などの雑誌でアルバイトをして働き、その後もどこかに就職するのではなくフリーランスの編集者として40年以上、第一線で、ご自身がいいと思うテーマを突き詰め本を作り続けています。
同じ出版業界にいると、彼の仕事の仕方にあこがれがあります。
「自分がいいと思うものを軸にいったいどうやって仕事をやり続けることができるのだろうか?」
そんな疑問への答えを求めつつ、都築氏が、自らの仕事を語った本書『圏外編集者』を読みました。
都築氏が40年以上「両利き」プレイヤーとして、ビジネスの原則ははずさず、コンテンツ面での妥協をしない本作りのスタンスや視点、そして生き方は、アート思考に通ずるものがあると思い、今回はこの本を取り上げることにしました。
目次
はじめに
問1 本作りって、なにから始めればいいでしょう?
問2 自分だけの編集的視点を養うには?
問3 なぜ「ロードサイド」なんですか?
問4 だれもやってないことをするには?
問5 だれのために本を作っているのですか?
問6 編集者にできることって何でしょう?
問7 出版の未来はどうなると思いますか?
問8 自分のメディアをウェブで始めた理由は?
むすびにかえて――「流行」のない時代に
時代の流れを読み、自分で解を作る
出版不況と言われて久しいですが、都築氏は「出版を殺しているのはその作り手である僕ら編集者だ」(p. 6)と最初から断言します。
結局作り手が本気でおもしろいと思うものを作っていないから、つまらない本や雑誌が増えてしまったのだと。
では経済合理性を維持しながらも、本気でおもしろいと思うものを作り続けることはできるのか? 都築氏は、それに40年以上挑戦し続けています。
彼は、「問7.出版の未来はどうなると思いますか?」の章で、活字離れが起きているのではなく、自費出版やZINE(個人制作の雑誌)などが活発に作られていることから考えると、若者が活字離れをしているのではないと説きます。
また、「東京アートブックフェア(2020年はVIRTUAL ART BOOK FAIRとして開催)」やコミケ(コミックマーケット)に出品している人は、自費出版の作品を売って得たお金で生活をしていることも珍しくない時代になっています。
それを実現可能にしたのが、デジタル・テクノロジー。
20世紀末のメディア革命だと都築氏は語っています。
インターネットが出版の在り方を変えてしまったのだから、それに合わせてビジネスモデルもコンテンツも変えていかなければならない。
都築氏は、ここに気づき、スケールメリットではなく、本の内容で勝負をしていくことにこだわり、自分自身でも有料メルマガという形の販売チャネルを持ちました。
読者との距離を縮めることで、自身がフリーランスの編集者として、本を出し続けていくのに必要なビジネス基盤や生活のために必要な収入を得られ続けているのです。
自分の想いだけでなく、社会で起きていること、過去から未来までをも見通して、自分のやりたいことをビジネスとして成立させている点に、アート思考的な仕事の仕方をしていると思いました。
徹底的に現場で「おもしろい」の感度を高める
本書の中で、都築氏が企画を生み出すポイントとして伝えているのは次の点です。
- 自分がおもしろいと思えるかどうかを判断基準にする
- 知らない誰かのためではなく、自分のリアルを追求する
本当に新しいものを紹介するのであれば、前例は役に立ちません。
都築氏は、『BRUTAS』の編集部で「マーケットリサーチは絶対するな」(p. 28)と言われたそうですが、リサーチよりも自分が本気でおもしろいと信じるものへの感度を高めるほうに力を注いだといいます。
また都築氏は、皆で話し合いながら雑誌の企画を決める「企画会議」もムダと言い切ります。
人に理解してもらえるものというのは、すでに誰かがやっているネタです。
皆がわかるものは、すでに二番煎じ以上のものにはならないのです。
もちろん、ただ自分で思うだけででは、独りよがりになってしまいます。
ニーズがあるところや、人に興味を持ってもらって、購入してもらって、はじめて、都築氏の「本気でおもしろいと信じるもの」が世の中に出続けます。
たとえば、「問2.自分だけの編集的視点を養うには?」の章で紹介されている、都築氏が写真家になるきっかけとなった『TOKYO STYLE』という本で、リアルな東京の生活を映し出しました。
東京の生活といえば、豪華なインテリアや広い部屋というイメージが雑誌で作られていたけれども、それはリアルではありません。
都築氏は、「狭いながらも楽しく暮らしている」東京の人間のライフスタイルをこの本で見せたかったのです。
それが多くの人にとっての「リアル」ならば、人はそれに興味を持つのではないかと考えたことがあるでしょう。
1993年に最初のハードカバー版が1万2000円で出て、「意外にも話題になった」(p.75)そうです。
とはいえ、この本を出した出版社が倒産するなどして、数年後に別の出版社から文庫版がでるまでは印税がまったく入らなかったらしく、それ以降都築氏はお金の面もしっかりと考えて動くようになったそうです。
この経験が、彼がビジネスと彼の信じる思いの両立ができるポイントを見つけていき、経済合理性を維持しながらも、本気でおもしろいと思うものを作り続けることができるようになっていくきっかけになったといえるかもしれません。
時代に合わせて活動を柔軟に変えていく
冒頭で私は、都築氏の活動が非常にアート思考的ではないかと書きました。
明治大学サービス創新研究所 アート思考研究会では、アート思考を持つ人材として、「自分起点で、未来・社会の視点を持ったシリアル・イノベーションを生みだす人」を考えています。
都築氏は、100万部売るような「メジャー路線」ではありませんが、自分起点で未来や社会と向き合い、誰も見たことがない本を生み出し続け、しかも多くの読者と共鳴し、そしてまた次の作品を創り出していることから、アート思考的だと私は感じました。
テクノロジーの進化による出版業界のビジネスモデルの変化にいち早く気づき、自身が関わる出版ビジネスもシフトさせながら、読者の「超豪華な夢の世界」だけでなく、リアルな日常の中にある「普通さ」の求めにも気づき、それに応えるコンテンツ作りを行っています。
自分が作りたいものを作るという点は変わらないのですが、時代の流れに合わせて柔軟に活動を変えていくことで、ビジネスとしても成り立たせるだけでなく、読者との共鳴を生み出し続けられるのです。
約40年間、自分の中の「おもしろい」という感覚を磨きながら、社会と向き合い本を作り続けてきた都築氏の仕事は、わくわく感と熱量、そして覚悟が伝わってきます。もしかすると熱いものがこみ上げてくるかもしれません。
もし仕事がつまらないと感じていたり、行き詰まっていたりする方がいたとしたら、突破するためのひとつのヒントが見つかるかもしれない、そんな1冊です。
ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス
ミュージックメディア部書籍編集長
1975年生まれ。エンタメ系出版社で雑誌の編集に携わり、フリーの編集・ライターなどを経て2006年にヤマハミュージックメディア入社。
現在、ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス ミュージックメディア部書籍編集長。音楽や音に関するテーマを中心に、教養書、実用書、自己啓発書、エッセイなどの編集に携わる。これまで160冊以上の書籍やムックを手掛ける。
主な担当書籍は『作曲少女シリーズ』(仰木日向/まつだひかり)、『音大卒は武器になる』(大内孝夫)、『ヴァイオリニスト20の哲学』(千住真理子)、『だからピアノを習いなさい』(黒河好子)、『「響き」に革命を起こすロシアピアニズム』(大野眞嗣)、『声が20歳若返るトレーニング』(上野実咲)、『本物の思考力を磨くための音楽学』(泉谷閑示)、『自分の強みを見つけよう~8つの知能で未来を切り開く~』(有賀三夏)、『フレディ・マーキュリー 孤独な道化』(レスリー・アン・ジョーンズ/岩木貴子訳)など。