それは本当に失敗なの? 失敗や批判の受け止め方

高校生のころ、学校の教会にパイプオルガンがあったので、子どものころからバッハが好きだった私はパイプオルガンを習い始めました。

バッハのトッカータとフーガ二短調を弾きこなせるようになった頃、コンサートに出てみないかと先生に誘われました。

当時、私は聖歌隊にいたので、毎週のように人前で歌っていたのですが、ソロでしかもはじめてパイプオルガンで人前で演奏するというのはなんとも緊張するものでした。

当日、ピンクのドレスを着た私の手は氷のように冷たく、母が貸してくれたホッカイロでどれだけ手を温めようが、指は凍り付き、そして、足もガタガタ……。

そんな状態で、なんとかトッカータとフーガニ短調を弾いたのでした。

指が思うように動かなくて、鍵盤から指を離すタイミングがずれてしまって、バッハで求められる正確な音の長さが出せなかったこと。

手と足がバラバラになってしまって、ハーモニーがぐちゃぐちゃっとなったところ。

私は正確な指と足の運びが強みだったはずなのに……。

自分の演奏を思い出し、泣きたくなるような気持ちで、コンサート終了後、階下に降りていったのでした(パイプオルガンを弾く席は通常少し高い位置にあります)。

母からはミスタッチを指摘され、緊張のあまりまともな演奏ができないのが恥ずかしいと批判されました。

ピアニストを目指していた友人からは、「練習のときはあんなに弾けてたのに、緊張って怖いね」と言われて、私は涙をこぼさないようにするのに精いっぱいでした。

パイプオルガンを教えてくれていたのは、ヨーロッパで著名なパイプオルガニストで、アメリカに亡命してきた方でした。本場ヨーロッパでのコンサート経験豊富な先生から見たら、私のことをとても恥ずかしいと思うだろう。なんて残念な演奏をしてしまったんだ。

私はそんな気持ちでいっぱいでした。

とても自分が情けなくて、先生の顔をちゃんと見ることなく、お別れの挨拶をささっとして、私は自分の部屋に帰ってしまったのでした。

翌日、学校でパイプオルガンの先生から声をかけられました。

「昨日の演奏の話をちゃんとしよう」

そう言われました。

私はがっかりさせて申し訳ないというようなことを言ったら、「あなたが昨夜の演奏をどう受け止めるか。そこからどうするか。その行動によってはがっかりするかもしれないけれど、昨夜の演奏にはがっかりしてない」と言われました。

私はその言葉にとても驚いたのでした。

たくさんのコンサートに出てきた先生から言われたのは、

「どれだけコントロールしようと思っても、100%緊張はコントロールできない。自分のコンディションが最高でも、用意された楽器が最悪なこともある。劣悪な環境で演奏をしなければいけないときもある。自分が人の期待に応えたいと思う気持ちや、著名な批評家が来ているからよく見せたいというエゴとの戦いに負けるときだってある。

自分が残念だと思う演奏をしても、それを乗り越えて次のステージに立つ。その勇気を養っていくことが、大切なスキルだよ。それができないとき、自分は失敗したと思う。演奏をしたことがどんな結果になったとしても、そこから自分が何を学んだのか。次の演奏にどう活かしていけばいいのか。それを考え、動き続けること。そうすればそれは失敗ではない。音楽家として生きたことになる。」

そういわれたのでした。

先生は、亡命を決めていた夜のコンサートは、最後の演奏会になるかもしれないと思っていたのに、思うような演奏ができなかったことを今でも悔やんでいると話してくれました。アメリカに渡ってからは、舞台を降りたけれども、演奏家を育てるために、自分ができなかったことを教えているとも言っていました。

そして、私たちは、昨夜の演奏は何が問題だったのか。ダメだと気づいたときに、どう演奏を建て直せばよかったのか。次の演奏に何を活かせるのか。何を変えるのかなどを話し合い、この時ははじめてパイプオルガンを弾かないレッスンをしたのでした。

それからしばらくして、アメリカの心理学の父と呼ばれているウィリアム・ジェームズ氏について先生は教えてくれました。

ウィリアム・ジェームズは、ジョイスの『ユリシーズ』などのアメリカ文学にも大きな影響を与えてくれた哲学者で心理学者です。

その彼が、次の言葉を残しています。

The greatest weapon against stress is our ability to choose one thought over another.
ストレスに対する最大の武器は、ある考えを別の考えよりも選択する能力です。

ウィリアム・ジェームズ

自分自身で何を考えるか、何を考えないかを決める能力が人にはあります。

批判されても、その言葉を考え続けるのか、続けないのかは、私自身が決められるのです。

確かに舞台は失敗だったかもしれない。その時に、母から言われた言葉を反芻しながら後悔の念だけを抱えて生きていくのか。それとも、先生と話しをして、いい演奏の部分、悪かった演奏の部分、自分は何に囚われて能力以上の演奏ができなかったのか、課題を洗い出した後、言われた言葉自体を考えず、自分の実にしていくのか。

失敗に引きずられないというのは、後者のことなんじゃないかと思います。

舞台もそうですが、私は過去に作り出した数々の事業で、うまくいったものもあればいかなかったものもあります。うまくいかなかったものは、課題を洗い出し、どうしたら次につながるのか。そこにフォーカスをして考え、そして、自分が手にしたものだけをもって、先に進みます。

失敗するのは怖い。

でも、やってみなければわからないこともたくさんある。

じゃぁ、やってみて、失敗したら、そこから学べばいい。

そこからしか見つけられないものはたくさんある。

そこに到達できた人にしか見られない世界が必ずある。

だから、私は失敗を怖がるよりも、失敗をしないことを怖がりたいです。

高校を卒業するときに、進学する大学にはパイプオルガンがないので、これで先生ともパイプオルガンともお別れだと伝えると、先生はこんなことを言いました。

「はじめてのパイプオルガンの演奏会で、お母さんがいった言葉。お母さんは覚えていると思う?」

母は覚えていませんでした。

誰かに何かを言われようといった人は忘れていることの方が多いのです。

その言葉をどう受け止めるのか。それは、私たち自身でコントロールできるのです。

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