DJカルチャー~ポップカルチャーの思想史

チャレンジングな書評になることはわかっていました。

「アーティストが0から1を生み出す思考プロセスをビジネスに応用する方法」など、これっぽちも本書に答えはないと予想もしていました。

しかし、著者と同じくDJに従事してきた私は、ベルリン芸術大学で美学論担当の客員教授でありかつクラブDJでもある著者が吐き出すサブカルチャーベースの芸術哲学の中にイノベーションを生み出すヒントがあると信じ、本書を手に取ったのです。

ポップミュージック/サブカルチャー・シーンを対象にして、作者の死、近代的自我の消滅というポストモダン的テーマの思想的有効性を哲学、芸術史、美学を視野に入れつつ検証する。内容(「MARC」データベースより)

目次
◆手引
 党派的であるということ
 アンダーグラウンドということ
 テクノロジーということ
 書くということ
 歴史ということ
 DJ-言葉とその定義
◆理論化の試み
 寄食者のポップ研究メモ
 大げさなコンセプト
 歴史と進歩
 文化の進歩? 政治の進歩?
 でもやっぱり:進歩というプロジェクト
 科学技術の進歩
 美学の進歩
 作者/芸術家の死
 自分について語るということ―近代が目指したもの
 複雑なシステムと複雑な音作り
 アバンギャルドはポップに行く
 ハイモダンなんだ―ポストモダンなんかじゃない
 人類のための進歩。サブカルチャーに生きる
 夜明けの太陽
 ラブパレード

「己」以外を積極的に取り込む~オープンスタンスの新たなる創造手法

『現代芸術では、自分について語る事が制作の幅を狭めた。しかしDJの場合オープンで、作者=芸術家、自己同一性(アイデンティティ)という古いコンセプトを脱し、より自由な制作ができる。』

すなわち最初から「己」ではなく「オープン」。これは「現代のまったく新しいタイプの作品/芸術なのである」と著者は声高らかに叫びます。

己の外からの要素をブリコラージュ(ある目的のためにあつらえた既存の材料や器具を別の目的に役立てる)的に迎え入れ、新たなアイデアと作品を生む。これすなわち、他人の既存曲をREMIXし、まったく違う作品として世に問いかけるDJの得意技なり。

サンプリングマシンやハードディスクレコーディングが身近になってきた1980年代後半から1990年代にかけて、当時の無名DJ達によりREMIXされた作品群は、大手レコード会社により利用され、原曲とはまた別の「一粒で二度美味しい」新たな音楽市場を生み出してきました。

ふと現実にかえり、自分の勤務する古風なメーカー企業に目を向けてみると、社外・部外者とのオープンコラボレーションを目的として設計されたスペースでの異種間イベントが、ここ数年のアフターファイブに盛り上がっているではないですか。

イノベーションは一人の”己”のみで創造するものではない、そんな時代を意味するのでしょうか。

思い描いた事業を関係者と明確に共有するために、テクノロジーや時には完成された他人の作品に手を加えながらグループワークで成形していく……、DJやエンジニアがともに行ってきたREMIXのプロセスと多少なりとも似通った点はあると感じました。

美学の賛美に徹し、哲学書からの引用を多用した鋭利な刃物のような書

日本の美術評論家、椹木野衣氏の2001年の著作『シミュレーショニズム』(筑摩書房)のDJ版として同じ匂いがプンプンします。どちらも思想や哲学書からの引用を多用しながら、美学の賛美に徹しつつ、まるで批評の欲望を満たすがごとく過激な評論に満ち溢れています。

ドイツ語の原著が出版されたのは偶然にも同じ2001年。本書はDJカルチャーへの果てしない愛と神格化、その美学とナルシズムに満ち溢れた鋭利な刃物のような書です。この筋の玄人でなければ理解できない単語や引用、アーティスト名が次々に登場し、さらに追い打ちをかけるがごとく難解な思想哲学を凶暴なまでに読者に突き付けてくる危険な思想書、とは言い過ぎでしょうか。

哲学や思想家に関しての知識を私がもっと持ち合わせていれば、理解はさらに深まったでしょう。早稲田大学教育学部のメディア論、サブカルチャー論の原 克教授による12ページにわたる訳者あとがきが見事に総括していて素晴らしいです。

とはいえ、この理論武装した評論家殿の本を読んだあと、私は「批評をしている時間があれば、手を動かして作品を創るべし」との思いがますます強くなったのでした。

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