2018年5月に米国シカゴで行われた情報セキュリティやITガバナンス、監査やコンプライアンスについてのプロフェッショナルが集う1,500人規模のITビジネスカンファレンスに参加しました。その基調講演に一人のアーティストが登場しました。
ITビジネスの場にアーティストが登壇? と不思議に思っていると、冒頭で「創造力こそがあらゆる限界を突破することができるのです」と言うとジョン・レノンの「イマジン」を流しながら右手に筆を、左手は直接指に絵の具をつけ、ほんの3分ほどでジョン・レノンの肖像画を描き上げました。
次に自由の女神の絵を描いて、一人ひとりがアーティストであり自由に表現すべきであり、そのために規律に縛られず潜在的な能力を解き放せと伝え、アインシュタインの絵を描き、彼が知識の増加にしたがって問題解決のための創造力が衰えてしまったことを引用し、頭を空っぽにしなさい、とメッセージしました。
そして最後にテクノロジーは進化し人が考えられるものはAIが実現できる、これからのシンギュラリティの時代、真に求められるものは人間にまつわること、つまり感情的なものであり、そのためにテクノロジーをどう活かすかの問題解決には創造性が必要です、と締めくくられた講演でした。
彼のそのダイナミックなプレゼンテーションに衝撃を受け、帰国後すぐに彼のこの書籍を手に入れました。この書籍は私の「アート思考」の原点であり、バイブルです。
目次
Chapter1 忘れた自分を取り戻す
Chapter2 「大人の殻」を脱ぎ捨てる
Chapter3 「あたりまえ」を挑発する
Chapter4 直感力を研ぎ澄ます
Chapter5 自分の信念に従う
Chapter6 スピーディに結果を出す
Chapter7 考えずに動く
Chapter8 やりたいことを夢中でやる
Chapter9 自分らしい自分を表現する
Chapter10 自分のピカソを見つける
私をアート思考の入り口に導いたシンプルなメッセージ
「「思う・考える(think)」哲学を、「思わない・考えない(unthink)」哲学に変えない限り、創造は生まれてはきません」
『UNTHINK』(訳者あとがき)
私は「アート思考」についてのハウツー本としてこの本を手に取ったわけではありません。だからこそ、一つひとつの言葉が素直に心に沁みたのかもしれません。
この本の発行は2013年(日本語版は2014年)。
アメリカでも「アート思考」という言葉は一般的ではありませんが、すでにこれからのビジネスにはこれまで以上に革新性と創造性が必要だということがわかっていたのでしょう。
この書籍では「アート思考(Art Thinking)」というキーワードは一度も登場しませんが、伝えていることは、まさにアート思考に通じる気がします。
「無知が-自発的に無知になることでさえ-大発見につながると知りましょう」
『UNTHINK』(p. 39)
”直感”を大事にしていいのだと思わせてくれた言葉でした。
「直感ではなく論理的な説明を」「知らないことでもハッタリをかませ」「やりたいことはまずメリットを考える」・・・これまで私は、ビジネスにはこのような考え方が必要だととらえていました。
それまでは違和感があっても、この考え方がビジネスにおいての常識であり、それ以外は不必要だとさえ思っていました。
しかし、この本でそんなビジネスに対する考え方が全部ひっくり返りました。
論理より直感を大事にしていいという本書のメッセージは、当時の私には衝撃だったのです。
このメッセージを意識してからは判断が早くなり、腹落ちするよう仕事を整えていくことで「私の仕事スタイル」ができ、ストレスは減り、結果的に仕事の質も上がり顧客からの評価も上がりました。
「もっとも勢いのあるアイデアはもっとも単純なものです」
『UNTHINK』(p. 155)
YouTubeなどで著者のパフォーマンスを垣間見ることができます。
彼は大勢の観衆を前にたった3分で1枚の絵を描き上げてしまいます。
このように想いをシンプルかつスピーディに伝えることで相手に強いインパクトを与えることができることをパフォーマンスで私たちに実際に示してくれます。
かくいう私も彼が早口で何を話しているのか分からなくても彼のパフォーマンスに強く心揺さぶられた一人です。
そして完璧さと慎重さにこだわっていた自分に対し、いかに相手の心に届くように伝えるかが重要だということに気付かされました。
著名なアーティストの行動と共に、著書の経験から基づくアドバイスも一つひとつ心に刻まれます。
著者は「知識、経験、同期、神秘性をもっともうまくまとめあげてくれるのが直感です」(『UNThink』P.130)とも伝えてくれていて、より新しいものを創造するためには専門とは関係なく様々な経験を数多く積むこと、多くの失敗を経験するというインプットも必要だと優しく伝えてくれています。

ITIL(R)エキスパート / 公認情報システム監査人(CISA)
アート思考を鍛えるサイト「StretchMyArt」運営
在学時は情報システム工学専攻で修士テーマは”感性情報処理”。
長年、ITエンジニアとしてサービス運用や開発に携わり、その中で特にプロセスや価値の実現方法としてデザイン思考を学び実践していました。
しかしデザイン思考だけではHOWはできてもWHYといった根本的な部分の深掘りが置いてきぼりになってしまうことに課題に感じていた頃、2018年にたまたまChicagoで講演されたErik Wahlというグラフィティ・アーティストのスピーディな絵画パフォーマンスとメッセージに突き動かされ、これがアート思考への入り口となりました。
現在は、IT企業にてBtoBマーケティングのサービスプロモーションを担当。社内外で新規事業創出のワークショップのファシリテータなども行い、ビジネスとアートの融合を実践しつつ、自分が何を創造し伝えていけるかを日々模索中です。