オムロン株式会社イノベーション推進本部 インキュベーションセンタ長として次々と新たな概念をつくり、新規事業を興してきた著者竹林一さん(通称しーさん)が実践の経験を独自のメタファーで語ります。
しーさんは、いかにしてそれらのシゴトを可能にしてきたのでしょうか。果たしてそれは彼一流の感性によるものだったのでしょうか。その秘密が楽しく、大変わかりやすく解き明かされています。本書で明かされている著者がしーさんと呼ばれることになったエピソードはまた、彼を育んだ土壌についてもイメージを与えてくれています。
あなたは読後、きっとこれからのご自身の活動展開にワクワクし始めていることでしょう。
目次
第1章 誰もがイノベーションを起こせる時代
第2章 イノベーションとは「新しい軸」を生み出すこと
第3章 イノベーションは「ちょっとしたWILL」から始まる
第4章 イノベーションを実現すべく「人を巻き込む・動かす」
第5章 「新しい軸」をもとにイノベーションを実践し続ける
事を成すための二面性
本書を読むと、全編を通して何度も出てくる言葉があります。
「やりたいこと」です。
新しいことはまず意志ありきです。
著者(以後しーさんと呼びます)は本書で、「やりたいこと」を中心に、それにどう気づき、実現のためにどのような努力をしたのかを自らの体験談を通して語っています。
そこからは以下のような熱いメッセージを感じました。
「世の中を変える力は、私たち一人一人にあります。どうせ変えるなら、あなた自身がワクワクする世の中を、イノベーションを起こして創りませんか」
『たった1人からはじめるイノベーション入門』p.53
さて、本書には以下のふたつのポイントがあったように思います。
- やりたいこと=意志を持つための独自の視点獲得
- 実現のための組織あるいは仲間の力の引き出し方
ふたつのポイントを通して、メタファーがとても大きな役割を果たしているところがしーさん流です。
そして、そのポイントを読者に伝える方法にもまた楽しくもわかりやすい日本語のメタファーが多用されているので、彼の世界観はとても滑らかに頭に入ってくるのです。
独自の視点獲得(本書前半)
しーさんは、プロジェクトがフォーカスしている事象を独自の視点で見立て(世界観と記されています)、それを絶妙なメタファーで他人と共有しています。本書では、一例として鉄道会社へのサービス提供を検討する際に、「駅は街の入り口」という世界観を提唱したことが紹介されています。
メタファーのおかげで視点が上空に上がったプロジェクトメンバーは、世界観が共有できるだけでなく、その性質を逆に当てはめることで次々と斬新なビジネスのアイデアを得ることができていました(参考:『メタファーと人生』の書評)。
私が本書で気に入っているのは、前述のような素晴らしい活動が、徹底的な事実調査や、多様性のある人間関係を持つという努力で成り立っていることにきちんと触れている点です。しーさんのアプローチはまさにアート思考でありシステム思考であり、アーティストやデザイナーのそれでした。本書はそれが努力によってつかめる可能性を示してくれたのです。いろいろなきっかけがつかめずに悩んでいる人に勇気を与えるものだと思います。
終組織あるいは仲間の力
独自の視点獲得は個人的な活動のお話でもありました。しかしそこから「やりたいこと」を明確につかむことはスタートに過ぎず、ゴールはあくまでも社会問題の解決にあります。そのためには組織を動かす必要がありました。
本書後半は、人と人との関係性の構築から個人の「やりたい」を組織の「やりたい」にしていく、しーさん一流のアプローチが語られます。ここでも投入されるメタファーによって、仲間がモチベートされ、さらに命令ではなく自律的に組織が動き始める様にワクワクさせられます。
本書では、組織を動かすのはコミュニケーションからのモチベーションだ、と言っています。組織で結果を出すには、まず関係性が重要だと言われますが、その実際が目に見えるようでした。
メタファーの力
しーさんは、自分の考えた概念を仲間や、ここでは読者に伝えるためにさまざまな言葉(日本語)をメタファーとして使います。本書の大きな魅力はこれらのメタファーそのものにもあります。
本書に挙がっている言葉をいくつかご紹介してみます。
・旅館:生産受託会社の本質を諦観した言葉
・秘密結社:WILLでのみ繋がって事を起こす自律的なチーム
・わらしべ長者:転んでもただ起きないエフェクチュエーションのこと
・起承転結:イノベーションを起こす組織に必要な人材の種類
・幽体離脱:プロジェクトの俯瞰術
・たんぽぽ:幽体離脱術を会得するための基本スタンス
・4つのシゴト:仕事をする上でのエネルギーエコシステム
・ボケつっこみ:しーさんという言葉を生んだイノベーションにつながる関西の文化
ほかにも、興味関心のポケット、チャンスの嵐、ニンジャの文化などなど、しーさんの哲学がどんどん身体に入ってくるような言葉が次々出てきます。
楽しく読める本書ですが、後半の一節を読んで私は深く唸ったのでした。
「私はどんなことがあってもあきらめません。(中略)私は自分のやりたいことが本当に会社のためになる、何より世の中のためになると思っているからです」
『たった1人からはじめるイノベーション入門』pp. 186-187)
背中を押してくれる一冊です。
Creative Research™ Consultant
横河電機株式会社
ファームウエアエンジニアから始まり、SEや研究開発企画などを経て、徐々に商品開発フローの上位へ上位へと仕事を移し、現在はインハウスデザイン部門に勤務。
デプスインタビューなどでユーザを徹底的に知るための方法論を展開すると同時に、最も重要だと信じる”開発者の意志を汲みだす対話”にも重点を置くCreative Research™を提唱している。
あらゆる開発プロジェクトに横断的に関わるデザイン部門に身を置くことで、効果的にコミュニケーションを図り、哲学シンキング、デザイン思考、システム思考、LEGO® SERIOUS PLAY®などを駆使して、ユーザの心に共感し、開発者の想いに迫る。
“Act without authority”が信条。