第20回 アート思考への期待と不安

○○思考を消費する

アート思考研究会の定例会の中で、こんな意見が出て来た。
日本は「〇〇思考」を消費して、またさらに次の「〇〇思考」を探すだろう。「アート思考」もまた同じようになる可能性がある。
(言い方はぜんぜん違うと思いますが、こんな要旨だったと記憶してます)

ビジネス界隈では、つい最近まで「デザイン思考」という言葉がよく使われていた。
しかし、この言葉もアーリーアダプターが飛びついたのが10年ほど前であり、そこから時を経てアーリーマジョリティに広がって来た段階であり、一般的にはまだ「デザイン思考」は聞いたことがある程度だと認識している。

その「デザイン思考」も少しずつレイトマジョリティーに移行を始めているのか、「デザイン思考」に対しての失望した声もたまに見かける。
一部の人の中には、「デザイン思考」に対する失望に応えるように出て来たのが「アート思考」と認識されているように見えるようだが、その様に理解しているのならば、非常に残念だと思わざるを得ない。

しかし、「アート思考とは?」という問いに対しての回答は、なかなかひと言では言えない。

VUCAの時代、不確実性の時代において、「アート思考」が次の未来を創る考え方の軸になるということは確かだと思う。
なぜならば、「アート思考」には0から1を生み出す考え方になり得ると思っているからであろう。

参考にするものがない

日本の過去の経済成長期には、追随できる産業トレンドが存在し、そのトレンドに上手く乗ることが出来たことが日本を経済大国にした。
朝鮮戦争への物資を供給する軍需産業からはじまり、繊維産業、重工業への移行と、わかりやすい追随できる地球規模での産業のトレンドがあった。

そこでの勝敗は、高品質・高性能・多機能・低価格が圧倒的な競争力だったことも、日本にとって好都合であった。
自分たちの特性を活かすことができた。

しかし、21世紀になると産業は、その存在の意味を問われる時代になってきた。
実体経済とは別に仮想空間での経済がお金を生み出す時代となったことで、実体経済の産業はますますその存在の意味を示す必要が出て来てしまった。

仮想空間では、アメリカが資本を膨らましていき富の集中を加速させてしまった。また、実体経済では、産業のすべての分野において、中国がダンピングした価格で需要を上回る量の供給をすることで富を蓄積していった。

2大国の富の蓄積が世界の秩序を変化させる状況を作ってしまった。
さらにCOVID-19という新型コロナウィルス感染症という、稀にみるパンデミックが起こり、世界的に未来の予測を混迷させてしまった。

この状況は、世界的に経験のない状態であり、日本とってみると、キャッチアップすべきベンチマークが消失してしまったことになる。
日本としてみると、自らの未来を考えるうえで参考にするものがない時代となってしまったのである。

何を参考に創り出すか

ここで、未来を考える上で期待されているのが「アート思考」である。
混迷している状況を打破できる思考法としてビジネス界の一部から期待をされているように見える。

その期待に対してアート思考は、答えられる要素もあるのだが、失望させてしまう要素も多く持っているようにも思う。

まずは、期待に答えられる要素について。

以前、アート思考の4つの力を紹介した。

アート思考には
・内省力
・探求力
・洞察力
・構想力
この4つの力が必要だと紹介した。

アーティストは、まず自分自身を深く見つめる「内省力」を活かすことで、自らの感覚や感情を創作に使うことができる。
画家の岡本太郎や、サルバトール・ダリなど、自らの思考や感性をメタ的な視点から示している手記を書いている。

また、過去のアーティストの作品を分析したり、壮大な人類の歴史を俯瞰した視点から観察するなど、優れたアーティストは歴史を非常に重んじる。
ユネスコ世界遺産であるサグダラ・ファミリアの主任彫刻家の外尾悦郎氏も、サグダラ・ファミリアの過去の歴史的意味を徹底的に調べ、アントニオ・ガウディが生まれる以前である、キリスト教の意義、そして人類のはじまりから、現在まで続いている連綿とした時間の流れを把握する「探求力」を大切にした作品づくりをしている。

アンディ・ウォーホルなどから始まるポップカルチャーのアーティストたちは、世界の動きを達観した視点から観察する「洞察力」を活かすことで、トレンドやキャッチし、みずからトレンドを創り出すクリエイターとして活躍する。

そして、最終的にアーティストの創り出す作品は、作風が古風であったり、伝統的であったりしても、作品の意味としては未来を描くことには変わりはない。
作品自体は、これから接するであろう、未来の鑑賞者とのコミュニケーションを行う前提で作られるのであって、その意味においては未来を創り出す「構想力」なのである。

この4つの力の中でも「内省力」と「探求力」は、不確実性の時代において、未来を作り出す力と言ってよい。

「内省力」で、自らの感性、感覚を深堀りすることで、外部からの情報に戸惑うことのない自分軸を確立させることができる。
自分では気づかないうちに意識は外へ外へ向かう。
悩んで、自己に閉じこもっている時でさえ、意識は人から見られている自分について悩んでいることが多い。

内省することで意識を自らの感性や感覚に移し、自分なりの価値観を明確にすることで、判断基準が出来上がる。それがオリジナリティの源泉となる。

そして、現状のトレンドして参考になるものがない場合には、必ず歴史を参考にすることである。
歴史に学ぶことは、人類から創出された数多くの知識人たちが口を揃えて伝えていることである。

「探求力」で歴史から多くのことを学び、ヒントを得て仮説を作り出し、「内省力」で自らの価値観と照らし合わせて判断していくことで、かならずオリジナリティのある思考が生まれてくるのである。

また、アート思考が失望させることもある。

それはフレームワークになっていないことである。
決まったフレームをなぞることで、万人が同じ様な結果を導出することは出来ない。
何度も繰り返し、自分を見つめ、見識を深め、オリジナリティのある作品を創出する行動を取ることで、やっと掴めるアーティストとしての創造力の種みたいなものが手に入るのである。

その種が簡単に手にはいると思い、アート思考という名のつく講座に参加すると、失望感しか得られない可能性があることも注意した方が良い。

個人的には、デザイナーとしての経験と、アート思考研究会の代表幹事として、「アート思考」に期待することが多い。
しかし、安易に「アート思考」という言葉を使うことで、消費される一つのトレンドとして終わってしまう不安も十分にあると思っている。

※この記事は代表幹事の浅井由剛が執筆したNOTEの記事を転載したものです。
NOTEの記事はこちら

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