「自分の思考力が下がっているかもしれない…」そんな危機感を持ったのは、いつものように読書をしていた時。「わかりにくい…どうして著者の主張をハイライトしてくれないのだろう…」無意識に呟いている自分に気づいた、そんな瞬間です。
皆さんも、最近の書籍は、読者フレンドリーなものが多いと感じませんか?
文章は平易、難解な表現も少ない、著者の主張は最初からハイライトや太字にされ、各章にはまとめがある。知らず知らずと、この「わかりやすさ」が当たり前になり、私は、自分で思考することを放棄していたのかもしれない。
ふと、以前も、似たような経験があったことを思い出します。それは、確か3年前、初めて東京都現代美術館を訪れ、とある作家のアート作品を見た時。「なにこれ、全くわからない…何がいいのだろう」とケチをつけるかのように呟き、ほぼ素通りした自分の姿です。
今、多くの企業で求められるイノベーティブな発想。私自身も、どうすれば、イノベーションを実現できる人材になれるのだろう? どうすれば、新たな価値を生み出すことができるのだろう? そう考え、数多の書籍に手を出すにもかかわらず、そもそも「わからない」ものを否定し、自分が「わかる」ことばかり求めている矛盾。そんな自分を1から鍛えなおしてくれるのではないか、そう考え本書を手に取りました。
目次
はじめに
第1章 すべては「問い」から始まる
第2章 アートとビジネスの交差点
第3章 イノベーションを実現する発想法
第4章 アートと資本主義
第5章 現在アート鑑賞法
付録 注目すべき現代アーティストたち
アートとビジネスが交差する場所
冒頭「どんな角度から考えても、『アートとビジネスは全く異なる』」、「アートとビジネスの発想の起点は、大きく異なり、永遠に交わることはないかもしれない」」と記す著者に、驚いてしまう読者もいるかもしれません。
しかし、案ずることなかれ、アートを生業にしながらも、ビジネスの現場に長く籍をおいた著者だからこそ、「アート」がビジネスにどう活用でき、どう活用できないのか、教えてくれます。
本書から、ビジネスパーソンの現代アート活用法を、2つの観点で考えます。
一つは、自分の頭で考えるトレーニングとすること、もう一つは、アーティストのような「思考法」を体得し、未来を先取りすること。
「自分の頭」で考えるトレーニング
「ビジネスでは『わからない』は悪いこととされますが、現代アートにとっては、『わからない』はむしろよいことなのです。私たちは『わからないもの』に接することで思考が促されるからです」
(『アート思考』p.222)
この1文は、まさに私が東京都現代美術館でアート鑑賞する際に、頭に入れておくべき内容だったと感じました。
現代アートを理解するプロセスである、アーティストの問いを受け取り、その答えを自分なりに考えること、自問自答していくということ、ができていません。
ビジネス書を読んで「ゼロベース思考」「前提を疑う」ことが重要と知っても、結局は実装できていない。それを日常生活で活かせていないのです。
その点について、本書では、さらに「ちゃぶ台返しの思考」「思考の罠」「高度な知的ゲーム」等、マルセル・デュシャン、ヨーゼフ・ボイス、アンディー・ウォーホルをはじめとする豊富な現代アーティストの事例や、言葉、作品への考え方を例に、考える力のトレーニング方法を導いてくれます。
現代アートに向き合うことで、私たちは、自分の頭で深く感じ、考えることを実装し、日常生活にも活かせるようになる! なんて、素晴らしいことでしょう。
「人が見えていない世界」を先取りする
実際に優れたアーティストは、感度のいい野生動物のように時代の変化を肌で感じています。そうしたアーティストの時代感覚は、数十年先取りしていたり早すぎる傾向もありますが、さじ加減を考えれば、ビジネスにもうまく活用することができると思います。
『アート思考』(p.37)
著者は、アーティストを「炭鉱のカナリヤ」に例えます。
そう、危機や変化を事前に察知して、社会に警鐘を鳴らす存在です。
彼らは、まだ多くの人が見えていない変化、聞こえていない変化を独自の嗅覚で察知し、作品の形で世に生み出しています。
そして、それがアーティストとしてのオリジナリティとなる。
こう考えると、これは、ビジネスの世界で、オリジナリティのある商品を生む、イノベーションを生む原点にとても近いとわかります。
この点を2つの視点でビジネスに活かしてみます。
1つは、私たち自身がアーティストのように考える、すなわち「自分なりのものの見方をし、自分なりの考えを持つ」まさにアート思考を習得し、イノベーションを実現する発想法を身につけること。
もう1つは、最新の現代アーティストの作品を鑑賞することで、彼らが見ている変化の予兆を受け取り、そのヒントをいち早くビジネスへ取り入れること、です。
そして、最終的には、その時代感覚がどれだけ現在から離れているのか、所属するビジネス分野との距離感をうまくさじ加減することで、ご自身の事業に活かせるのではないでしょうか?
本書には、アートを生業にしていらっしゃる著者だからこそ、本文の至る所に多くの現代アーティストの例示があります。
加えて、付録として「注目すべき現代アーティストたち」があり、現代アートに然程、馴染みのなかった私ですら、どういうアーティストたちが今の最前線にいるのか、そして、そのアーティストがどういう作品を発表しているのかを知ることができました。
発想の奇抜さに度肝を抜かれる作品もありますし、日本人アーティストとして、私も大好きな蜷川実花さん、スプツニ子!さんが挙げられていて、なんとなく遠いものと感じていた現代アートを身近に感じることができました。
本書では、「アート思考とは何か」「それをどう訓練するのか」を知り、さらには、最新の現代アーティストとその作品の紹介を通して「現代社会を考える力」を養うことができる贅沢な1冊です。
各所に宝物のような言葉が散りばめられているため、一読ですべてを拾い集めることは難しいかもしれませんが、しっかり読み切ると、アート思考のみならず、読者の世界観が広がり、教養が高まったことを実感できると思います。ぜひ、ワンランク上のビジネスパーソンへの階段を上りましょう。
PwC Japan 合同会社 マーケット部
2児の母。児童期3年間を父の仕事の都合で、ポルトガルで過ごす。美術好きの母の影響を受け、幼少期から美術館を巡るなど、アートを身近に感じた生活を送る。
大手インフラ企業にて、営業、原料資源調達、海外事業開発など幅広く従事した後、自らのPurpose(存在意義)を「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」と定めるPwCの理念に共感し、現職。エネルギーインフラ業界を担当するマーケターとして、クライアントのニーズを超えたプロフェッショナルサービスをグループ全社で提供することを企画・推進。
幼少期から身近にあったアートを、ビジネスの領域に活かすことに強い関心を持ち、本研究会にて、アート思考の学びを深化している最中。
※ 本研究会での投稿はすべて個人の見解です。