本書を手にとったきっかけは、「本物の人生を生きろ。」という帯に書かれたキャッチが気になったことからです。
「アーティストシンキング」と「本物の人生」がどうつながるのか?
そもそも本物の人生ってなんだろう?
そんなことを思いながら読み進めるうちに、これは単に思考法やクリエイティブの本ではなく、生き方の本だということに気がつきました。
目次
はじめに
序論 アーティストとして生きるということ
第1章 世界の潮流に乗る文脈を創り出す
第2章 アートから学んだイノベーションの起こし方
第3章 日本人に求められる「限界突破力」
第4章 世界最強になるために自分のルーツを探れ!
おわりに
私たちは本物の人生を生きているか?
私たちは現在、主体的に人生を生きているといえるでしょうか? 経済的な理由や健康上の理由、置かれた環境の問題など、私たちを取り巻くさまざまな要因から、自分で人生を選び取れている方は多くないかもしれません。
この本の著者、ベンジャミン・スケッパー氏は弁護士として活動したあとに、アーティストに転身し、現在はチェロ奏者や作曲家として活躍しながら、さまざまな社会問題に対しても積極的にメッセージを発信しています。
本書では、このようなマルチな活躍をしている著者が、アーティスト活動をするうえで何を考え、どのような哲学で生きてきたのかを、自身のエピソードも交えて語られます。
能力を生かす秘訣、アーティストが仕事を獲得するための考え方などを、本書では「アーティストシンキング」と名付けています。
この本はいくつかの読み方ができると思います。
ひとつは、アーティストが自立して生きるために、何を考え、どのように行動すればよいかを知るために読むこと。もちろん、アーティストだけでなく、アーティスト的な生き方をしたい方、何かしら創作や表現活動をされている方が読んでも参考になるでしょう。
もうひとつは、アーティストではない私たちが、この本から何かしらの学びを得ようとする読み方。著者が語るアーティスト的な考え方を知り、それを自身の仕事や生活、あるいは社会に取り入れられるものはないかと考えながら読むことができます。
そして最後に、著者の考え方を知ることで、読者が自分の人生を見直すきっかけとする読み方です。著者が語る考え方や方法論はどれもユニークですが、すべての方が実践できるわけではありません。しかし、読者に向けて自身の人生をどう生きるかという強烈な問いかけを感じました。
大切なのはレジリエンス)
著者は、音楽活動として生活し、そのあとに社会生活がどのようなものかを知るために弁護士になりました。そして、その経験を生かし、アーティストとして生活を成り立たせるためにさまざま試みをします。
たとえば世の中に存在するシステム(世の中の仕組み)を把握し、そのなかでどう行動できるか、どう行動するかを考えること。本書ではこれを「システム思考」と名付けています。
システムやルールを知れば、そのなかで曖昧さのある部分を見つけたり、それを活用できたり抜け穴を探したりできるそうです。
著者は何かを実現したいときに、実現させる鍵を握っている人物を探し、そこに的確にアプローチをかけることもあるといいますが、それもそのひとつでしょう。
また、「すぐに結果を求めない」ということも繰り返し語っています。
著者は、たとえ高額な仕事の依頼であってもポリシーと異なる仕事は受けないそう、経済合理的に考えれば損をする選択をしています。しかし、お金よりも「自分のミッションは何か」や「どう生きたいか」という軸を大切にしているので、こうした選択をしているのです。ここで、最初は少しわかりづらかった、帯の「本物の人生を生きろ」という言葉の意味が見えてきました。「本物の人生」とは、人生を主体的に選び取ることなのだと、私は受け止めました。
もうひとつ、著者は「レジリエンス」の大切さを強く説いています。
レジリエンスは一般的には「回復力」と訳されることが多いですが、著者は「あきらめない力」と定義しています。何かをおこなうときに、最初からうまくいくことは珍しいでしょう。その際に、あきらめずに何度もチャレンジすることが、結果的に目標の達成につながるわけです。
著者は長期に渡る地道な努力が求められるクラシック音楽を学んだたことでレジリエンスが身につき、さまざまなビジョンを形にすることができたと語っています。
では、大人になってどうやってレジリエンスを身につけたらよいのでしょう?
本書では、習慣を見直すこととしています。人間は習慣性の生き物なので、普段から何気ない行動を見直し、良い行動習慣を身につけることが重要です。良い習慣を身につけられれば、神経のバランスが変化し、心の状態も安定に向かうからです。
自分らしく生きることをあきらめない
本書では生き方、自分の売り込み方、スキルの身につけ方など、著者が自身で磨き上げたヒントが多く書かれていますが、メッセージはとてもシンプルです。
「自分らしく生きることをあきらめないこと」
『アーティストシンキング 世界16カ国で結果を出し続ける「クリエイティブ」論』電子書籍版1061/2552
明治時代の哲学者でキリスト教思想家の内村鑑三は、1894(明治27)年に神奈川県で若い人に向け、後世に何を遺すかということについて講演をおこないました。そこで、お金や事業、思想なども大切だが、誰にでも遺すことができるもっとも大切なものは、「高尚なる勇ましい生涯」(内村鑑三『後世への最大遺物・デンマルク国の話』電子書籍版47/187)だと言っています。
人が一生のなかで作り上げる一番の作品は、仕事の成果や著作などではなく、その人自身の生き方だともいえるでしょう。
アーティストが作品をつくり上げるプロセスを知ることがアート思考のひとつだとすると、アーティストがどのような人生をつくり上げたかを知ることもアート思考といえるかもしれません。
そこから、自分の人生をどうつくるかを考えていくことも、意味があるのではないでしょうか。
人生を主体的に選ぶのは簡単ではありませんし、さまざまな状況からそれが許されないこともあるでしょう。それでも、レジリエンスを身につけ「あきらめないこと」に価値があるように私は感じました。
自分なりの生き方をつくる方法はひとりひとり違いますが、この本は主体的に人生を生きていない人、あるいは生きられなかった人に向けた、著者からのエールともいえるかもしれません。
あとがきには、まさに本書を象徴するメッセージが書かれていますので、最後に紹介いたします。
「私たち全員が、アーティストでありクリエイターなのだ」
『アーティストシンキング 世界16カ国で結果を出し続ける「クリエイティブ」論』電子書籍版2532/2552)
ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス
ミュージックメディア部書籍編集長
1975年生まれ。エンタメ系出版社で雑誌の編集に携わり、フリーの編集・ライターなどを経て2006年にヤマハミュージックメディア入社。
現在、ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス ミュージックメディア部書籍編集長。音楽や音に関するテーマを中心に、教養書、実用書、自己啓発書、エッセイなどの編集に携わる。これまで160冊以上の書籍やムックを手掛ける。
主な担当書籍は『作曲少女シリーズ』(仰木日向/まつだひかり)、『音大卒は武器になる』(大内孝夫)、『ヴァイオリニスト20の哲学』(千住真理子)、『だからピアノを習いなさい』(黒河好子)、『「響き」に革命を起こすロシアピアニズム』(大野眞嗣)、『声が20歳若返るトレーニング』(上野実咲)、『本物の思考力を磨くための音楽学』(泉谷閑示)、『自分の強みを見つけよう~8つの知能で未来を切り開く~』(有賀三夏)、『フレディ・マーキュリー 孤独な道化』(レスリー・アン・ジョーンズ/岩木貴子訳)など。