観察力を磨く 名画読解

1枚の絵画を見て、そこから読み取ったものを人に伝えるのは意外に難しいものです。

見た絵について人と話し合ってみると、まったく違う印象を受けたということもよくあるでしょう。これは、同じものを見ても、そこから読み取る情報が人によって大きく違うからです。

何かを見てどう思うかは人によってさまざまですが、ひとつの物事からより多くの情報を得る力は、ものの見方、捉え方、伝え方によって向上します。

この本は、アメリカで警察官や医師など数千人にセミナーを行ってきた著者による絵画の分析手法を紹介したものです。

実際にセミナーを受けた警察官は、習った手法を生かして捜査上でも成果を挙げているとか。

本書を読めば、絵の見方が変わると同時に、物事の捉え方、そして世界の見方も変わるかもしれません。

「フェルメールが描いた女性の表情から、あなたは何が読みとれる?
アートを分析する力は、仕事にも活かせる!
バイアスにとらわれない洞察力、重要な情報を引き出す質問力、
確実に理解してもらえる伝達力、失敗しない判断力など、
FBIやNY市警、大手企業で実践されている手法を身につけよう。(amazonより)

<目次>
第一部 観察
第二部 分析
第三部 伝達
第四部 応用
終わりに――知覚の技法をマスターする

名画読解で何が身につくのか?

観察力を磨くことは、どういうことでしょうか? 

間違い探しなどが得意な人がいます。また、何かを見て、自分では思いつかなかったような視点からものを見る人もいます。このような人は何が違うのでしょうか?

私は以前、物事をよく見る癖をつければ観察力につながるのかと思っていました。しかし、そうではないことがこの本を読むとわかります。

観察力を磨くというのは、「どのようにものを見るのか」「どのように受け取るのか」、といった頭の使い方を切り替えることなのです。

頭の使い方を切り替えるためにはどうしたらよいか? その答えのひとつが「名画読解」です。

今回私が今回本書を手にとったか理由は、観察力を磨くことはアート思考をする力になると考えたからです。

アート思考研究会では、下の図のようにアート思考には「内省力」「探求力」「洞察力」「構想力」という4つの力が必要だと捉えています。

そのなかで、とくに内省、探求、洞察をするためには、自分や社会、過去と向き合い、その中から何を読み取るか? つまりそこに観察力が求められると私は考えています。

では絵画鑑賞を通じて、本当に観察力を磨くことができるのでしょうか?

それは本書を読んで実践いただければわかると思いますが、著者によれば、絵画を観ることは、観察力、分析力、コミュニケーション力を鍛えるのに必要なすべてを備えているそうです。

「美術作品を見て、そこで何が起きているのかを説明する能力は、役員会議でも、教室でも、犯罪現場でも、向上でも、生活のあらゆる場面で役立つ」(『観察力を磨く 名画読解』電子書籍版308/5380)と著者は述べています。

この本の便利なところは、紙面に多くの絵画が掲載されており、実際に絵を見ながら実践形式で読める点。ワークショップに参加しているかのように読み進められるので、わざわざ画集を開いて名画を見たりする必要はありません。

観察力をどう磨くのか?

本書では、観察力を磨くための一連のテクニックを「知覚の技法」と名付けています。先に結論からお伝えしますと、知覚の技法を身につけるためには次の4点が大事だとしています。

  • 全体を捉えつつも、細部をおろそかにしないこと
  • 複雑さを恐れないこと、結論を急がないこと
  • 疑問を持つ心を忘れないこと
  • 客観的事実だけを扱うこと

(『観察力を磨く 名画読解』電子書籍版4629~4635/5380)

たとえば、次の絵から何が読み取れるでしょうか?

何人の人物が描かれているのか? 絵の中心にいるのは誰か? 絵の中ではどんな匂いがするのか? また、視点を変えて絵の中の人物の立場に立ってみると、さらに世界が広がっていきます。絵の右端に書かれている男性はバーテンダーにどんな用事があるのか、というように。

この絵から見て、考えて、想像することで読み取れるものが無数にあることがわかるでしょう。

エドアール・マネ『フォリー゠ペルジェールのバー』(1882年)
コートールド・ギャラリー所蔵(Wikipediaより)
主観は事実をゆがめてしまう

人はみな違った評価基準を持っています。自分の主観的から話すと、物事が正しく伝わらず大きな誤解を生むことがあります。それを避けるには自分の主観を排除して、客観的な情報を受け取り、より細かく伝えることが必要です。この態度は、日常生活のコミュニケーションから仕事まで、あらゆることに必要です。

著者が主催するセミナーの受講者は「主観的な話し方をすると、いとも簡単に事実とちがう印象を与えられることもわかりました」(『観察力を磨く 名画読解』電子書籍版3074/5380)といいます。

事実を正確に伝えたいなら、意識して客観的な表現を選ぶことも必要です。たとえば、子どもを連れた女性を見たときに、母親だと決めつけるのは正確ではありません。物事を説明するときにも、“多すぎる”ではなく具体的な量を示し、“大きい”の代わりに寸法を述べる、といったように、より具体的な事実を述べるよう心がけることで、主観と客観を分けて考える癖がつくでしょう。

著者のセミナーを受けて、ニューヨーク市警の警部は情報の出し方をこのように変えたそうです。

「これまでだったら、“駐車している車を一台ずつのぞいている男がいる。服装は黒”と伝えていた情報を、服装は”黒いウールの帽子をかぶって、黒い毛皮の縁取りがついた黒い革コートと黒のフード付きスウェットシャツを身につけ、〈ディンバーランド〉の靴をはいている”というようになりました」

『観察力を磨く 名画読解』電子書籍版3157/5380

文章の表記ミスを見つける方法に、「素読み」というやり方があります。素読みとは、文章の意味を考えずにひたすら文字のみを読んで(音読して)いくことです。

多くの人は、文章で多少表記ミスがあったとしても、脳の中で文字を無意識に補完して読んでしまうので、間違いに気づかないことがあります。そのため脳内で作られた文章ではなく、目の前の文字のみを読む素読みが有効なのです。

これも自分の主観ではなく、客観的事実だけを見るという心構えと通じるのではないでしょうか。

練習すること

自分が見たものは、自分ひとりで受け取るだけでなく言葉にできなければ人に伝わりません。そこで大切になるのが情報を声に出す練習です。

著者自身も、息子と出かけたときに、見たものを親子で事細かに教え合い、どうしてそのように見えるのかを話し合ったそうです。このように見たものについて話し合う際には、自分が思ったことを伝えるのではなく、見たものをそのまま理解して伝えることが必要になります。

ではうまく人に伝えるためにどうすればよいか? 伝わらなかったときには? 本書はそんなときの対処法などにも触れています。

また人は、自分が信じたいものを信じ、信じたくないものは視界から排除しがちです。都合の悪い情報を楽観的に解釈し、対応を後回しにするということは、多くの人が陥りがちなバイアスによるものです。日々のニュースを見ても、仕事の場でも、世界は多くのバイアスに溢れていますが、そのようなバイアスも練習によって改善することができるそうです。

一見不愉快な絵を見て説明するといった、不快だと思うことを見た通りに伝える練習をすることで、感情と切り分けて物事を直視し、また人に言いづらいことも冷静に正しく伝えられることができるようになるのです。

このように本書では、ただ見るだけでなく、そこから何を読み取り、人に正しく伝えるかまで実践や事例を交えて事細かに解説しています。

アート思考を考えるうえでも、今よりも違った視点で世界を捉えるためにも、知覚の技法を意識してみてはいかがでしょうか。

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