書店でアート関係の書籍を探していたときに、目に留まった本です。『直線は最短か?』というタイトルと赤と緑の装丁に強いインパクトを受けました。
立ち止まって本をよく見ると、サブタイトルに、「当たり前を疑い創造的に答えを見つける 実践弁証法入門」とあり、とても興味を惹かれました。
直接的に、アートもデザインも関係なさそうな本、寧ろ哲学的な本?
しかし、哲学はもともと生きるとは? といった問いに答えようとする学問。
開いてみると、著者は、「弁証法を『生きるための道具』として紹介したい」と書いていました。
「それだ!」
生きることに弁証法を使って対処していく!
その考え方、方法を知り、ぜひ自分でも取り入れていきたいと思い読んでみました。
<目次>
第1講 弁証法は最高の「道具」だ
第2講 なぜ、今、弁証法なのか?
第3講 「アウフヘーベン」を理解しよう
第4講 弁証法で世の中を読み解く
第5講 人生をぶち抜く高速道路効果
第6講 バカこそ寄り道をせよ
第7講 反省は役に立たない
第8講 自分だけのストーリーを作れ
第9講 創造のためにはルールから決める
第10講 大きな成果を手にするあと一歩の極意
最終講 テクニックは全部捨てろ
弁証法は最高の「道具」だ
この本のタイトル『直線は最短か?』という部分は最初には出てきません。
前半部では弁証法そのものについての話が書かれています。でもお堅い話ではありません。
学生時代に「弁証法」を勉強した人も、改めて弁証法と言われると、少し戸惑うのではないかという著者の配慮のように思います。
まずはじめに、映画監督でもある著者自身の映画の脚本の作成過程と、ホットドッグを例に、「弁証法とは?」という問いに答えていきます。ソーセージとパンの邂逅です。
弁証法を使うことによってダイナミックな発想が可能になるとしています。
そこでは弁証法の道具立て、テーゼ(正 thesis)と、アンチテーゼ(反antithesis)を掛け合わせることで、アウフヘーベン(止揚 aufheben)が起こり、そこに新たなジンテーゼ(合 synthesis)が生まれるという弁証法の基本的な考え方を、さまざまな例を挙げて説明しています。
そして、現在の社会変化は大きく、特にコロナ禍のあとでは従前の社会とはまったく違った社会に大きく変化していくだろう、と予測しています。
その時の社会は、多くのモノやサービスが標準化されコモディティ化することで、価格競争となってしまうだろう。そのなかでオンリーワンの仕事はどのようにしたらできるようになるか。それは弁証法で可能だとまとめています。
そして、自分の付加価値とその意味をとらえる角度をずらして、自分の意味を再把握しながら未来の自分を作る作業をしてほしいと説いています。
人生をぶち抜く高速道路は自分で作れ
そして、第5講になってはじめて「直線は最短ではない」という言葉が出てきます。
自分はこの言葉を見たとき、「登山とトンネル?」とか思って、「トンネルあればそっちだけど、なければ……」なんて思ってしまいました。
少し勘違いのようです。
そう、京都から東京に行くときに直線で結べば南アルプスを突き切ることになりますが、新幹線や高速道路を使えばずっと早く確実に到達できます。
「物事への最短の到達方法は直線だ」と思い込んでしまうことで、より良い方法を考えることができなくなってしまいます。
もっとも早く到達できる道は何か、それはどうしたら実現できるか。
それを考えることがこれからは必要になってきます。
しかし、今までの自分の考え方、行動を踏襲していくならば、成長はその延長でしかなく、進歩の少ない、変化の乏しいものとなってしまいます。
ここから、実際にさまざまな弁証法的行動、アンチテーゼの設定の仕方と、それを止揚していく方法や考え方を、具体例を挙げて示しています。
いくつもの事例で示しているのは、現在の自分(テーゼ)と対置する存在を見つける、または作ること、それがアンチテーゼとして止揚されジンテーゼを得られる。という具体的な例です。
たとえば、「道草のすすめ」、「失敗や挫折の経験を生かすこと」、また「過去の自分の経験を使う」などです。
自分の人生を、物語として考える。
人生の主人公である自分が、さまざまな苦難、障害、そして試練に出合うことで、環境や、感情、考え方が変化し、それを乗り越えることで、主人公を変化させ、豊かさや感動、共感を得ることができるといいます。
著者は
さまざまなものに触れることで、別の機会に気づきを得られたり、『なぜなんだろう?』と疑問を持ったりするきっかけが生まれる、その探究心を忘れないでいると本当に学びが多いのです
『直線は最短か?』(p. 137)
と書いていますが、これが本質的なことではないかと思います。
著者は、弁証法の具体例とともに、その止揚によって、人生ではどのような効用があるかについても書きます。
人生を豊かにするには困難や挫折を乗り越えていくことで、人生がより豊かで充実したものになるのだと言います。
そして、より良い止揚を行うために、アンチテーゼの設定だけでなく、それを受け取る側が心しておくべきところにも言及します。
やはりここで得心したのは、新しいものを作るためには古いものを破壊して「創造」することが必要ですが、従来の自分の延長では難しい。
そのために、現在の自分と異なるものをアンチテーゼとして設定し、止揚していく。そのためにアンチテーゼの設定に「制約」「習慣」をルールとして決め、アウトプットし続けることだといいます。
これは自分のスタイルを確立することに通じます。
それができれば、まさにオンリーワンになります。
もうひとつ、大きな進歩、変革をするためには他人の力を利用することになりますが、そのために、エピソードなどの取っ掛かり、素直さ、大義ある欲があれば、自分を気に入ってもらえる人を見つけやすいといいます。
しかし最後に、一番大切なものは、「本当にやりたいことは何か」ということです。
実は、いろいろな事例や手法はテクニックであり、むしろ、本質的なものは、「やるか」「やらないか」であり、「自分で歩んできた人生そのものや、持ち続けた思いが一番大切だ」と言っています。
ヒントは自分が損得抜きに夢中になれることです。
それをがむしゃらにやり続けることで、「必要なのは、誠実さと切実さあるいは必死さ」だと言います。
それがあれば何かの障害も突破することができます。
自分自身の根本的な価値観、「ドグマ」を持って、挑戦し続けることが何より大切だと言って締めくくっています。
アート思考について、自分では、「課題解決型ではなく、既存の考え方、常識にとらわれない発想をすることで新たなものを創り出していくこと」というように考えています。
そのために、従来の自分の延長上での考え方や行動では、限界があります。
それをブレイクスルーするために弁証的止揚は実に有効な方法だと思います。
読み終えて
はじめはタイトルが不思議な感じがして手に取った本でしたが、読んでみると、今まで漠然と思っていたことや、ある程度感じていたことがとてもスッキリした感じです。
下で例に挙げるように、形を整えたり、流れを作ったりすること、場合によっては新しいものを生み出したりイノベーションを起こしたりするために、弁証法的発想による着想が必要だということを多くの人が経験的に知っていたのではないかと思います。
しかし、それを、哲学的な考察により、一般化し、明確に意識できるようにしたこと。
また、これを実践で使うためには、まず、自分が何者であるか、また自分が何をしたいのかを明確にすることで、確固たるテーゼを意識し、それに対するアンチテーゼをどのように設定してアウフヘーベンを行って、求めるシンテーゼを作っていくかが、さまざまな例を挙げて説明されていました。
自分は学生時代の長かった人間ですが、「道草のすすめ」は素晴らしい視点だな、と思いました。なりたい仕事と半歩ずれた違うことをやってみることで、立体的な視点を得て人生をアウフヘーベンできる!
そんな視点で見ると、C.ダーウィンは地質学者でした。また、C.ドジソン(ルイス・キャロル)は数学者でしたし、F.ナイチンゲールは統計学者でもありました。
まず、未知のものに飛び込んでみることはいくつになっても必要だと思いました。
改めて考えてみると、世の中にはこの弁証法的な考え方を表しているようなものや表現がいくつもあります。たとえば次のようなものなどです。
1 視点を変えることで物語をおもしろく豊かにさせるもの
- 序破急:日本の雅楽の舞楽からでた概念で、世阿弥の「風姿花伝」などでも触れられている。
- 起承転結:漢詩の絶句の構成からきたもので、文章の構成の基本のひとつとして教えられる。
- 型破り、形無し:型をきちんと守り個性を出す、形も何もない。
2 異質な存在が互いに止揚しあっていく
- ライバルの存在:ライバルによって成長する。
- ダイバーシティ:多様性を認め、交流によってさまざまな価値観、考え方を生かすことができる。
- 異業種交流会:同上
- ドリフターズの志村けん:バンドマンのグループに芸人志望の新人
3 失敗や寄り道をすることで、普段の自分と異なる自分を発見する
- 失敗は成功のもと:過去の延長にないことをする。
- 急がば回れ:最短は直線との思い込みを排して考えてみる。
- 金継ぎ:欠けたり壊れたりした器などの修復が新しい作品に。
- 「人、本、旅」:出口治明氏の大切にしている言葉。まさにさまざまな出会いを与えてくれるもの。
- セレンディピティ:偶然の邂逅によるものだが未知のものとの出会い。
実際にはみな経験的に進歩や発展、物語のアクセントなどで弁証法的方法を実践しているのだなと思いました。
さまざまな事例を見るなかで、一番大切なことは、自分の北極星を持つこと。そして異なるものとの邂逅を得て、刺激を受けて、粘り強く、真摯に、学びながら挑戦して、止揚によって新たな自分を作り上げていくことが必要だと強く感じました。
本書は、自分にとっても経験的に思っていたことや考えていたことが、「弁証法」というツールでいろいろなものが明確になったと思います。
大変便利な道具をもらったようです。
この本に出合えて本当に良かったと思います。
東京都職員
現在再雇用で医療機関に勤務
長野県生まれ。伊那北高等学校を卒業後、駿台予備校を経て、慶應義塾大学経済学部に入学、長めの学生生活を送る。
同校を卒業後、東京都に入都、教育、災害対策、人事、衛生、医療関係を担当
3年前に東京都庁を退職し再雇用で勤務
都市づくりに関心があり、宅地建物取引士資格取得も生かせず。田舎にある実家を生かした民泊を企図するも新型コロナ災禍で頓挫中。
こうした挫折等を経て、規則に則った役所での仕事のやり方に疑問を持ち、各種勉強会等に参加する中で、内発的な価値観を重視していくアート思考というものに興味を持ち、研究会に参加している。