第1回 受験の話

結局、3年という時間を使ったが、東京芸術大学デザイン科合格は叶わなかったと言うのが私のデザインの勉強を始まりだ。


敗北感とともに私大の美大へ行くことになる訳だが、入学前の予備校での3年の間に描きまくった絵のおかげでわかったことがある。


それは、どんな絵であろうとも絵を描くと言うことは、自分と対話をすることであり、自分の強み弱みを認識し、自分のオリジナリティを追求することでしか認められないと言うことだ。


それは孤独で、どこにも出口のない迷路を永遠にさまよう様なものである。


ゴールの設定はないから、ここまでやれば終わりと言うものはない。ここでもう少し手を加えたらより良くなるのか、やめてしまった方が良いのか、その判断も自分次第である。その葛藤に終わりはない。


ここで言うオリジナリティは、アーティストとして通用するような大層なものではない。

絵を描く上で最低限のものである。

絵筆を持つ時の自分の癖、描画する対象物を捉える観察眼の癖、絵として表現したい表象のイメージ、自分はいったい何が好きで、何をなし得たいと思っているのか、社会と自分の関係はどの様なものか、友人たちとの人間関係の形成の仕方はどうなのか、恋愛は? そもそも自分は何者なんだ、と言う思考と表現の癖がオリジナリティを作っていく。

絵を描けば描くほど、自分の中の理想の絵が形作られていく。

それにたどり着くことが出来ない自分に焦燥する。

友人でありライバルである仲間はすでにその域に達していると思うと劣等感が湧いて来る。

こんな受験勉強は普通はない。芸術系の大学や音大に進路を決めた者には逃れられない勉強である。このあたりは、ファインアート系と呼ばれる油絵科、日本画科、彫刻科の受験生の方がシビアである。詳しくは『ブルーピリオド』(山口つばさ著、講談社 アフタヌーンコミック)を読むとわかりやすい。


自分のオリジナリティを作っていくなど、高校までの教育ではまったく触れたことがなかったものだ。

普通大学の受験には、オリジナリティは必要ない。

受験勉強自体は孤独なものであるが、美大受験の孤独さとは質が違う。

知識や試験の設問の癖を自分にインプットする作業は孤独だが、解答自体に孤独さは必要ない。知っているか知らないか、理解しているかしていないかのみである。自分の中の記憶力と応用力をフル活用して挑んでいくものであり、問われた質問に対して、正解を回答していくことが必要な能力であり、自分のオリジナリティはなんであるかと言う問いは無縁だ。

普通大学の受験はしたことはないが、1980年代の高校の学習では、お前は何者だと言う問いは皆無であった。

しかし、美大に入学するのに、自分のオリジナリティがそこまで必要かと言われると疑問に感じる方もいると思う。特に私大のデザイン科の入学は絵として表現する必要条件を満たす技術があれば入学は可能である。大学受験合格を目標とし戦略的に受験勉強をするのであれば、絵の勉強ではなく、基礎科目となる国語や英語で点を稼いだ方が合格する確率は上がる。


実際、私大は高校生から現役で合格する者も多かった。受験勉強に自分のオリジナリティの探求をすることなど不要であったにも関わらず、それが必要だと思ったのは、美大受験予備校の講師だった方が工芸などの作家色が強かったことと、そこで一緒に絵を学んでいた仲間たちの特性によるものだと思う。


自分は何者かを追求していくことで、まったく世間との距離はどんどん離れていき、バブル期も終わりに近づいた頃のうかれた世間に反抗心を持ってしまう。人間の本質はそこではないだろうと。


では、自分の理想とする社会はどの様なものなのか。
ここから探求が始まったのだと思う。


ここで、美大の受験で自分のオリジナリティを見つけようと、もがいた経験が、現在、ビジネスシーンで話題になっている「アート思考」につながると理解している。


デザイン思考とアート思考も思考という名前なので、頭の使い方、考えるコツを掴むことと理解している人が多い。

経験から言えば、デザインでもアートでも、表現をしようとアウトプット(絵を描いたり、立体を創ったりすること)を体感した者でしか、この思考法は理解できないと思っている。

自分を表現するアウトプットを身近にしていくことが、この思考を理解し、体現する方法と思っている。

アート思考を探求するものとして、これからアートとデザインのことについて書いていこうと思う。

今回は、自分の中のアート(デザイン)との出会いの話。

文体や表現も、その時の気分や書きたいことにより変わることもありますので、ご了承ください。

※この記事は代表幹事の浅井由剛が執筆したNOTEの記事を転載したものです。
NOTEの記事はこちら

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