芸術論

2017年に出版された宮島達男さんの『芸術論』。

アート思考について、少しずつ理解が深まってきた今、アーティストの方の想いに触れてみたい。

そんな気持ちから、本書を手に取りました。

コンパクトながらも緊張感のある美しい装丁。

穏やかに、優しく、でも力強く、誠実に紡がれる言葉たち。

まるで、詩集か、エッセイを読んだかのような、じんわりと心に沁み入る読後感があります。

作品制作の過程で描かれた数々のドローイングも収録されており、大切に手元に置きたくなる一冊。

宮島思考の世界が凝縮した良書であり、アーティストを目指している方はもちろん、アートを人生に取り入れたい人にもおすすめです。

「美」、あるいはそれを感じること自体に潜む危険を解き明かした一冊。高村光太郎の詩「必死の時」やジブリ映画「風立ちぬ」を例に、人を幻惑し、判断をくるわせてしまう「美」の危険性を指摘。さらにトーマス・マンの『魔の山』で描写された結核患者や戦時中の「散華」をとりあげ、「美」を感じようとする人間の感性が負を正に反転させてしまう驚くべき作用についても論じる。(「BOOK」データベースより)

目次
I             哲学の深淵を語る
作品
II           日々の言葉
III          芸術と平和
作品リスト
あとがき

宮島さんが本書内で紡ぐ言葉たちは、これからアーティストを目指す志願者や、若きアーティストに向けた、先輩からの優しく、誠実な応援メッセージと感じました。

そして、そのメッセージの奥にある思考は、アーティストを生業にしていない人々にも強く響きます。私の印象に強く残ったふたつのメッセージをご紹介します。

アーティストとは職業ではなく、生き方

元来、アートは職業になじまない。職業とは誰かのニーズがあり、それに応えて初めて成立するものだ。ところが、アートには他者のニーズがなく、自らの思いをカタチにするだけだから、そもそも職業とはなり得ない。しかし、ごく稀に、作品が売れて食えるケースがある。これが幻想の原因となる。(中略)ピカソのように絵で食える人は、全体の1%にも満たず、宝くじを当てるよりも難しい。

『芸術論』(p.92)

トップアーティストである宮島さんが「アーティストで生計を立てるのは幻想」と語ることに驚きが隠せませんでした。

しかし、その現実を誠実に伝えた上で、作品創造と作品が売れる/売れないを切り離さないと真に自由な自己表現ができないという示唆があります。

私は、アーティストは自分の生活を自分で支え、なお、自らの思いを納得のゆくまでカタチにし、他者へ伝える人間だと考えている。こう考えていけば、アーティストとは職業ではなく、むしろ生き方になってくる。(中略)新出発するアーティスト志望者には、アーティストという「名詞」を目指すのではなく、アーティストという「形容詞」の生き方を目指してほしいと願うのである。

『芸術論』(p.92-93)

宮島さんのおっしゃる通り「アーティストは職業ではなく、生き方」であれば、それは、誰しもが、アーティストのように生きられるのではないでしょうか。

自らの思いを納得のゆくまでカタチにする、そのカタチのひとつに「人生」がある。生きるとは、人生を創作することであり、自分の思いに向き合いつつ今を生きているすべての人が「アーティスト」なのだとさえ、思えるのです。

そして「現在」は良くも悪くも、会社や社会に、自分の人生を任せることが難しくなりました。

自分で人生を創作すること、アーティストのように生きることが個々人に求められているのかもしれません。

「戦争の反対語は芸術」である

宮島さんの作品コンセプトや芸術活動を知ると「芸術」が世界をポジティブに牽引する力に対するトップアーティストとしての想いや思想を強く感じます。

『戦争の反対語は平和』ではない。『戦争の反対語は芸術』である。えっ?と思われる人も多いだろう。『平和』は、平穏で何もない状態を言い、座標軸ではゼロを指す。『戦争』は当然マイナス方向へ傾く。そう考えると、プラスへ引き戻す作用をするのは芸術しかない。

『芸術論』(p.116)

世界や社会の問題に目を向けると、一筋縄では解決できない、難しく悲しい問題が山積しています。戦争、貧困、疫病、環境汚染、自然災害など、これらの問題にひとりひとりどう向き合っていくのか。マイナス方向へ傾いている世界に、芸術や芸術家はどう寄り添うことができるのか。宮島さんの芸術活動「時の蘇生・柿の木プロジェクト」等への理解を通して、そのヒントに触れることもできます。

およそ芸術は音楽、演劇、建築、ダンス、文学などあらゆるジャンルに共通して、『想像力と創造力』を滋養するものだ。想像力は相手の痛みまでもわかってあげられる力のこと。創造力は文字通り新しい何かを生み出す力のこと。この「二つのソウゾウリョク」は、そのまま他者や社会への温かいまなざしとなる。

『芸術論』(p.116)

ビジネスパーソンであっても、アートを生き方に取り込むことで、この「二つのソウゾウリョク」を高め、その結果、世界や社会の問題を自分事に引き寄せ、社会と向き合っていくことも可能になるのではないでしょうか。

本書の言葉のひとつひとつを噛み締めると、それは、深い哲学の話にも繋がります。それが、あたかもエッセイのような、詩のようなシンプルな言葉と、心地良いリズムで綴られている凄さ。読了後に、自分の精神性が一段高まり、世界を平和にし、人々を幸福にする「アート(芸術)」の可能性に、さらに魅了されていることに気づきました。

皆さんも、優しく、誠実な言葉で紡がれる宮島哲学の世界に浸り、アーティストのような生き方で、自分の人生を創造し、かつ社会をもより良くしていく、自分のあり方を想像してみてはいかがでしょうか?

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