世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術

本書は、クリエイティブディレクター/クリエイティブコンサルタントとして活躍されている水野学氏と、独立研究者/著作者/パブリックスピーカーとして活動されている山口周氏による対談形式で構成されています。

水野氏がある話題を振り向けると、それに呼応して山口氏がさらに深掘りしコメントするというように、おふたりの知見による相乗効果をともなった内容となっており、読者にとっては一冊で二重の示唆を得られる大変お得な書籍と言えます。

昨年、私は『ソーシャルデザインの教科書』の書評を本研究会に寄稿しました。

そこで「私が考えるアート思考は創造プロセスである」と書きました。

さらに「創造プロセスとは、自分はいつまでにどうしたいのかというビジョンを設定し、それに対する現実を把握し、必要な手段でそれを生み出すというもので、問題の発見や解決ではない」という、『自分の人生を創り出すレッスン』(Evolving)の著者であるロバート・フリッツ氏、及び、訳者である田村洋一氏のコメントをご紹介しました。

では一体、「自分はいつまでにどうしたいのかというビジョン」をどのように設定したらよいのでしょうか?

またそのビジョンをどのように他者と共有すればよいのでしょうか?

こうした疑問に対する答えを導くための一助になれば、という思いで本書を手にしました。

本書評ではそのあたりを詳しく述べてみたいと思います。

<目次>
はじめに
Ⅰ 意味をつくる
Ⅱ 物語をつくる
Ⅲ 未来をつくる
おわりに

意味をつくる

日本企業はずっと「役に立つという価値」で戦ってきたけれど、「役に立つという価値」は過剰になってしまい、「意味があるという価値」が希少になった。つまり、「意味がある」こそ価値がある時代に変わったのです

『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』p. 34

著者のひとりである山口氏はさまざまな事例を挙げながら、「役に立つという価値」という言葉と対比する形で、「意味がある価値」の重要性を繰り返し述べています。

本書ではたくさんの事例を挙げています。

たとえば、バルミューダは一般的なトースターの10倍くらいの値段で販売しています。

これは単に「パンを焼く」という機能で勝負しているのではなく、食感にとことんこだわり、おいしいパンがいかにして焼きあがるのかといった意味を持たせたものと私は解釈しています。

では山口氏は、なぜ「意味がある価値」の重要性を主張しているのでしょうか。

それは1960年代や70年代の高度経済成長期とは異なり、モノが売れない時代になった現在、多くの人の嗜好を市場調査し製品やサービスに反映するのではなく、わがままなおもしろさが必要だと考えるからです。

山口氏はこのように述べています。

「意味の世界にいかなくちゃヤバイぞ」とスイッチを切り替えてブランド化する会社と、今までの「役に立つ世界」の延長線上でずるずるやって消えていく会社に分かれるでしょう

『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』p. 91

企業人として、また、消費者として、この主張には納得感があります。

私はIT企業に勤めていますが、流通業やサービス業などのお客様からは、新規ビジネスを伴ったシステム提案を受けることが往々にしてあります。

消費者としても「何か欲しいモノはありますか?」と問われても答えに窮してしまいます。

このことからも現代日本においては、「役に立つという価値」は飽和状態であり、「意味がある価値」こそが求められるものであると考えます。

物語をつくる

遠山正道さんがスープストックトーキョーを立ち上げたときのエピソード。三菱商事の社内ベンチャーとして遠山さんが出した企画書は、「スープのある一日」という物語です。
企画書なのに22ページもあって、単価がいくらのスープを全国何店舗くらい展開するとか、マーケティングの4Pみたいなものは全然書かれていない。(中略)この世界観はスープストックで今も共有されていて、今も迷ったときはそこに立ち返っているとか

『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』p. 100~101

スープストックトーキョーは、2000年に当時三菱商事に勤務していた遠山正道さんが創業したスープ専門店チェーンです。

いかにして他人と共有したらよいのか? この事例は、大変わかりやすいと思います。

多くの日本企業では、その企業独自のビジョンを掲げていますが、どれだけの社員がそのビジョンに共感しているのでしょうか?

まったく社員の心に響いていないというケースもあるのではないか?と思います。

それは、そのビジョンが論理的に真っ当であり、反論しようのないものであったとしても、ビジョンに共感してもらうためには視覚的なイメージを喚起させることが必要であるにもかかわらず、それができていないことが主要因であると考えています。

一方で、スープストックトーキョーの事例はどうでしょうか? 「今も共有されていて、今も迷ったときはそこに立ち返っている」とあるように、社員から共感を得ていることがうかがえます。それは、「『スープのある一日』という物語」という点からも想像できると思います。

世界観を立ち上げ人と共有するために、物語がいかに有用であるかがよくわかる事例だと思います。

未来をつくる

この章には、AppleのiPhoneやソニーのウォークマンなどの多くの事例をもとに、水野氏、山口氏両者の独特の視点で、未来を描ける力の重要性がわかりやすく書かれています。

ここでは、とくにおもしろいと思ったスターバックスの事例をご紹介したいと思います。

六本木ヒルズでも東京ミッドタウンでもいいんですけど、スタバに立ち寄って、ラテのグランデサイズをテイクアウトして、片手にコートとブリーフケースを持って速足で出社する人の姿。そういう実際のシーンそのものが、スターバックスにとっては最高のコミュニケーションメディアになっている。(中略)「スタバでコーヒーを飲んでいる自分」をシーンとして愛している人たち、スタバのタンブラーを持ってオフィスに行くシーンを素敵だと思う人たちがたくさんいます

『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』p. 182

山口氏は「レッドオーシャンに飛び込んで、世界観で成功した例」としてスターバックスを取り上げています。(『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』、p. 181)

レッドオーシャンとは、「経営学の用語で、血で血を洗うような激しい価格競争が行われている既存市場のこと」です。(『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』、p.184)

今では当たり前の光景だと思いますが、私が社会人になったばかりの三十数年前は、日本にはスターバックスは進出していませんでしたし(*)、もちろん、六本木ヒルズや東京ミッドタウンといったおしゃれなオフィスビルも存在しませんでした。

当時私は、愛知の片田舎の古い8階建てビルの3階に入居し、ベンディングマシンで購入したカップ式コーヒーを飲みながら同僚と語り合うといった社会人でした。

当時の自分を振り返ってみると、このようなスターバックスの世界観なんてもちろん想像できなかったと思いますし、当時、もしこのような世界観を誰かから提示してもらえたら、とても憧れたし素敵な未来だなと感じたと思います。

加えて、この事例の凄いところは、コーヒーという「レッドオーシャン」であるということです。

私にとっては、未来を提示する力の素晴らしさが、実感としてよくわかる事例だと思いました。

(*)スターバックスは、私が社会人になった数年後の1994年に、成田国際空港内に直営店を出店したが経営が軌道に乗らず撤退となった(幻の1号店と呼ばれる)。その後、店内をお洒落な雰囲気にするなど独自のスタイルにシフトし直して、1996年に東京・銀座に第1号店「銀座松屋通り店」をオープンした(以下を参考)。

いかがでしたでしょうか?

本書評では、バルミューダ、スープストックトーキョー、スターバックスという三社の事例をもとに、「意味をつくる」「物語をつくる」「未来をつくる」の順に、世界観を立ち上げるためのヒントを論じてみました。

本書には上記以外にも、たくさんの事例が著者ふたりの知見をもとに紹介されており、多くの読者が世界観を提示することにおいて、自分が腹落ちできる事例が見つかることと思われます。

本書は、「自分はいつまでにどうしたいのかというビジョン」をどのように設定したらよいのかを考える上で、多くの示唆を得ることができる良書であると思います。

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