なぜ『文化人類学の思考法』の書評が、アート思考研究会で紹介されるのだろうか? そう思われる方もいるでしょうか。
かくいう私も「アート思考を学ぼう」と考えて、すぐに「文化人類学の思考法を読もう」と思い立ったわけではありませんでした。
「アート思考」の学びを深めていると「身体感覚」「あたりまえを疑う」「見方を広げる」「自分の内側と向き合う」など、いくつかのキーワードに出会います。
今回は、これらアート思考に関係するキーワードの中から「あたりまえを疑う」ことに焦点を当ててみたいと考えました。
「あたりまえを疑う」は「ゼロベース思考」とも言われ、ビジネス書でもよく見かけます。
特に、イノベーションを起こすための発想法として、その重要性は知っている方が多いのではないでしょうか?
その一方、どれだけの方が、自分は「あたりまえを疑う」ことができている、と自信を持って言えるでしょうか。
「あたりまえ」を疑うと言われてもなぁ……そんな風に、ぼやいてしまう。
私のように「なかなか『常識の罠』から抜け出せない」そんな方に、まさにぴったりの書籍かもしれません。
いつもと少し趣向を変えて、文化人類学というユニークな学問を学び、「あたりまえ」から抜け出すための道具をご紹介します。
<目次>
はじめに
第I部 世界のとらえ方
第II部 価値と秩序が生まれるとき
第III部 あらたな共同性へ
世界を考える道具を作る
「あなたにとって、お祖父さん、お祖母さんは家族だろうか。それとも親族だろうか」
各序章は、このような「あたりまえ」で、一見するとありふれた概念への問いかけから始まります。
しかし、いざ考えてみると、とても奥深い問いです。
家族と親族の境界線はどこにあるのでしょうか。
この問いを深堀していく上で、本書では、現在の共働き夫婦の事例が使われたり、ハワイのポリネシア人の家族の呼び名への考察が引用されたり、配偶者の呼び名から見える男女の「あたりまえ」に触れたり、はたまた、マレーシアの漁村における親族の様態の研究が引用されます。
わずか数ページの中で、今の自分から距離的にも、時間軸的にも「近い」ところと「遠い」ところが、ぐわんぐわんと行き来するのです。
その行き来を通して、自分の思考が揺さぶられていきます。
調査対象との「近さ」と比較対象の「遠さ」。この距離が、文化人類学的想像力に奥行きと豊さをもたらす。私たちの固定観念を壊し、狭く凝り固まった視野を大きく広げてくれる
文化人類学の思考法(p.2)
この「近い」と「遠い」の行き来に加えて、文化人類学的な思考法には「ことば」というキーワードも見えてきました。
たとえば、配偶者に言及するための名称から、その名付けのプロセスを思考すると、彼らがどういった役割であったのかが原義に含まれ、性別役割分担の存在が示唆されていたりします。
「わかる」とは、いったいどんなことなのか。ひとつには、そのものごとや現象をことばによって名付け、その理論の網目の中に位置付けることだ
文化人類学の思考法(P.2)
ことばにすることの意味が説かれている一方、ことばを疑うことの必要性も説かれています。
自分のなかにあることばをいったん疑い、別の理解、新たな言葉の可能性を探る。文化人類学という学問には、(中略)既存のことば=概念がとらわれてきた世界認識を刷新したいという思いがある
文化人類学の思考法(p. 3)
たとえば、今、女性配偶者の名称として、一昔前に使われた「糠味噌女房」なんて聞くと、女性を卑下したり、炊事という役割のみを連想させたりする呼び名として、男女関係なく、違和感のセンサーが働くのではないでしょうか。
でも、多くの人があまり違和感を持たない時代もあったのではないかと思うのです。
これはわかりやすい例ですが、ことばがある時点で、それは、とある時代の概念や認識の中に捉われている可能性があります。
「今」は、まだ気づいていないだけで、世の中にはそんな「ことば」が溢れかえっているのかもしれません。
その視点で世の中を見つめてみると、あたりまえを疑うヒントになるかもしれません。
本書では、文化人類学者がフィールドワークで出会う、驚きやとまどいからあたりまえを問い直す経験を読者が追体験できるように仕掛けられており、さまざまな側面から私たちの「あたりまえ」がゆるがされていきます。
そして、私たちは、この追体験を通し、いかに自分の世界が「あたりまえ」と思い込み、深く考えたこともない事柄で溢れているか、気づかされました。
「あたりまえ」を問い直すことを始めなければ、私たちは「常識の囚人」のままなのでしょう。
そして、その「あたりまえ」を飛び越えていくためには、遠近法のように、思考の手がかりとなる武器が必要なのです。
優れた武器(思考法)の道具箱を手に入れば、世界は、もっとおもしろく、今までとまったく違って見えるかもしれない。
そうワクワクせずにはいられません。
さて、みなさん。
「人間とサイボーグの違いは何でしょうか」
「どうしても国家は必要なのでしょうか」
「祖父母は家族なのでしょうか、親族でしょうか」
ようこそ、文化人類学の世界へ。
PwC Japan 合同会社 マーケット部
2児の母。児童期3年間を父の仕事の都合で、ポルトガルで過ごす。美術好きの母の影響を受け、幼少期から美術館を巡るなど、アートを身近に感じた生活を送る。
大手インフラ企業にて、営業、原料資源調達、海外事業開発など幅広く従事した後、自らのPurpose(存在意義)を「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」と定めるPwCの理念に共感し、現職。エネルギーインフラ業界を担当するマーケターとして、クライアントのニーズを超えたプロフェッショナルサービスをグループ全社で提供することを企画・推進。
幼少期から身近にあったアートを、ビジネスの領域に活かすことに強い関心を持ち、本研究会にて、アート思考の学びを深化している最中。
※ 本研究会での投稿はすべて個人の見解です。