【マイルス・デイビスのイノベーション】

アート思考というと、ルネサンス以降の絵画や現代アートなどの文脈で語られることが多いですが、音楽の世界でもイノベーションを起こした芸術家はいます。

音楽のカテゴリーで芸術家と呼べる人は?というと、バッハ?ベートーベン?では近代の音楽では?ジョン・ケージ?

特に近代においてアーティストは思いあたりますが、芸術家というとなかなか思い当たりませんよね。

現代のショービジネスつまりエンターテインメントの音楽の世界では芸術家と称される人は稀な様に思います。心に深く突き刺さり感動を呼ぶ新しい表現や作品、またそれを作り続けるモチベーションは芸術の域で語られてもおかしくないと思います。ただ、音楽がアートか、それともエンターテインメントか?という点で音楽を制作する器が商業主義的な点は確かにあります。例えば、お金をかけて作られたアイドルは容姿が重要視され、本人の主体性や内発的な芸術性は必要とされず芸能事務所に作られた人格だとすれば、アートというよりは売れる商品のデザインに近いモノだと思います。

圧倒的なショウビジネスの世界に居ながら芸術家であり続けた人。
マイルス・デイビスは芸術家の域に入る人だと思っています。

マイルスが1959年リリースした「Kind of Blue」はジャズレコードでは最も売れ、全世界でのセールスは1000万枚を突破して、いまだに異例のロング・セラーとなっています。ですが、発売当初2ヶ月間チャートにも入らず注目されていなかったようです。当時は世界一売れるレコードとは誰も思ってなったのでしょう。

この洗練された大人のジャズが、、

1973年にはこんな音楽に変貌します。

私はマイルス・デイビスが他界するまで大嫌いで、彼の音楽自体 JAZZに対する冒瀆とまで思ってました。この演奏を聴けばそう思うのも無理はないでしょう。これが私のマイルスに対する偏見でした。

大学生の頃、JAZZに傾倒し日本最大級の野外ジャズ音楽祭「Mt Fuji JAZZ festival」は開催初年度から約10年間全てのプログラムを聴きに行き、JAZZの伝説的な巨匠の演奏を目の当たりにしてきました。当時の自分にしてみれば、基本はアコースティックなジャズ。4ビート、スタンダード曲はテーマから即興、テーマに戻って終わる。これがJAZZの基本フォーマットです。

その中でマイルスは当時いわゆるフュージョン系のエレクトリックバンドで、全く興味がありませんでした。一度だけマイルスの生演奏を聞いたことがあります1990年に武道館で開催されたオノヨーコ主催のジョン・レノン追悼ライブでマイルスがゲスト出演していました。「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」をオケをバックに吹いていましたが、下手糞にしか聞こえなかったのを覚えてます。残念ながらこれが日本での最後のライブとなりました。

https://www.youtube.com/watch?v=zJ9QfISW-Gs

この後、1991年7月8日のLive at Montreux ではクインシー・ジョーンズがプロデューサーとなって1950年代の『スケッチ・オブ・スペイン』『ポーギーとベス』等のギル・エヴァンスとのコラボ楽曲から自らの音楽人生を振り返るかの様な演奏をする。決して過去を振り返る事がないマイルスが、この日だけは4ビートに戻ってきた。そして、その3か月後他界する。

91年9月に他界した時、「帝王去る」の報道に。JAZZを捨てて流行に左右されるかのようにスタイルを変え主体性のない彼の音楽がそんなに凄いのか確かめたくて下北沢の貸しレコード屋にあるマイルスの最初から最後まで全部借りて1週間で全てのアルバム聴き終えた時、マイルスが唯一無二の音楽のイノベーションであると気付きました。

自分は何を聴いていたのか?何故マイルスが嫌いだったのか?
今思えば、ジャンルとしてのJAZZしか聴いていなかったのかもしれない。

気が付いた時にはすでに他界していたので、これから先マイルスの音が聴けないのか、、、と思って衝動的にトランペットを買ったのが自分がトランペットを始めたきっかけです。その後、譜面も読めないのにマイルスやチェットやケニー・ドーハムをひたすら耳コピしているうちにJAZZらしき音が出るようになりました。

そこにあるものではなく、ないものをプレイするんだ。知っていることではなく、知らないことをやる。変化しなければいけない。それは呪いのようなものだ。 

(マイルス・デイビス)

アートが生み出すものは「そこにないもの」「しらないこと」まさに未知の領域への探究心と挑戦が彼の音楽を進化させていきます。この姿勢こそがマイルスの生み出したアートなのです。

アーティストとイノベーションを生み出す人の共通点は「そこにないもの」を生み出すことです。つまり、アーティストとイノベーターが既知のものを作っても全く価値がないわけです。

「そこにないもの」を生み出すことはどれだけ大変なことか、それを追求することは呪いのようなものだということです。

内発的な動機とその初期衝動に対して自分を信じて魂をどれだけ注げるか、どれだの失敗と不安と戦わなければならないか。ときには大きな犠牲を払うリスクを受け止め、それこそ命をかけられるかという戦いです。

本物のアーティストやイノベーターは、その不安を超えた人しかなれないんだという前提があってはじめて「アート思考はイノベーションを生むか?」という問いを説明できるのだと思います。

マイルスはJAZZを起点にクラシック、Soul、Rock、現代音楽、スペイン、インドなどの民族音楽、hip-hopまで様々な音楽を直感的に取り込み、ファンの期待をときには裏切り、ときには拡張させ、破壊と創造を繰り返します。そして、当時無名の若手を発掘し、どんどん音楽を進化させていきました。

結果、ジャンルというバイアスを内発的に破壊して自分の信じる音楽の本質への探究を通してイノベーションを起こし続けたのです。

その一方で麻薬中毒で廃人の様になり、付き合った女性に対してお姫様の様に溺愛したとおもえば暴力的に残酷になる。白人に対して敵意をむき出しにし、忖度や反省、謝罪の2文字は彼の辞書にはない。というほど人間的にはとても難しい人でした。

だからこそ、その孤独とともに唯一無二で孤高のマイルスという音楽をその一生で確立したのではないでしょうか。

自分がどれだけ音楽に貢献してきたのか知っているよ。でもオレをレジェンドと呼ぶな。マイルス・デイヴィスでいい。

(マイルス・デイビス)

自分の感性や直感に従い、自分に正直である事が彼の哲学だったのです。マイルスの音は、それがヒップホップになろうとクラシックになろうとポップスになろうとも、どこをとってもマイルスの音になっています。音楽のジャンルで聞くとブレまくっている?と思えても音楽の本質が全くブレていないというコトになります。

まさに、これこそ自分軸のアート思考ではないでしょうか。

参考:「完本 マイルス・デイビス自叙伝 (ON MUSIC)」
 マイルス デイビス  (著), クインシー トループ (著), 中山 康樹 (翻訳)

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