アートがわかると世の中が見えてくる

倉敷芸術科学大学芸術学部の馬場始三教授(2021年4月から芸術学部長・大学院芸術研究科長)から、「今、私のマイブームはこちらの書です」と紹介されたのが、前﨑信也著『アートがわかると世の中が見えてくる』でした。

聞いた瞬間にAmazonでポチって笑われましたが、翌日届くと、そのままお風呂にもっていき、一気に読み終えてしまいました。

芸術について書かれている本の多くは、難解な言い回しが多用されていますが、非常にわかりやすい言葉で書かれており、著者の語りかける口調のまま読み進められました。

この方の講演を聞きに行きたいと思わせるような文章でした。

私がアメリカの中学・高校・大学で学んだことが、書かれていて、特に疑問も抱かずに、すんなりと読むことができました。

読み終えたことを馬場先生に報告した際、日本の学校ではあまり教えられない内容だと伺い、また、出版社ウェブサイトの内容紹介文にも、「学校では教えてもらえない、芸術文化を理解するために必要な知識」と書かれていることに気づきました。

著者の言うように、美術を理解するには、美術史の知識と世界から見た日本美術の価値観などをわかっている必要があります。

もし、習ったことのない方がいらっしゃるならば、ぜひ本書をご一読することをおススメします。

学校では教えてもらえない、芸術文化を理解するために必要な知識
この世の中でどのくらいの人が「美術」を「わかって」いるでしょうか。「美術で感動すること」と「美術を理解すること」は違います。生まれ持った感性は美術を理解するためには必要ないのです。本書では、これまでの美術史本には書かれてこなかった、日本の美術を理解するために必要な【美術史の知識】【日本の美術が生まれた理由】【世界から見た日本美術の価値】【美術界の問題点】など、芸術文化に深く携わる人間はみんな知っているのに、一般的には語られてこなかったことについて、できるだけやさしく解説します。
出版社ウェブサイトより)

<目次>
はじめに 美術がわかるということは感じることではない
第1章 美術は誰のものか
第2章 作られた日本美術史
第3章 美術を支える科学技術とエリート
第4章 日本文化としてのお茶の話
第5章 美術館が建った理由
第6章 一般人に厳しい美術館・博物館
第7章 美術の見方
おわりに 美術がわかると世界がわかる

「美術がわかるということは感じることではない」

著者ははじめにの見出しで、

美術がわかるということは感じることではない

『アートがわかると世の中が見えてくる』p.4

と書いており、

美術の見方を教える時に必要なのは「美術で感動すること」と「美術を理解すること」は違う、ということを伝えることです

『アートがわかると世の中が見えてくる』p.10

と説いています。

私は、これを読みながら、「美術は、その背景を理解しなければ、感動するのは難しい」とアメリカの中学校の授業で習ったことを思い出しました。

「自分が好きか嫌いかは自分の「感性」で選べばいい。その感性は、誰に評価されるものでもなく、自分の「趣味」だから、私がその良し悪しを評価することはできない」

と、当時の美術の先生が、美術のクラスの初日に言ったのです。

「このアートがわからないという時は、その背景等がわからないという意味だ」と習っていたので、私は、ずっと、「わからない=知らない」という意味で使っていました。私は、「美術が得意ではない」とよく書きますが、「得意ではない=絵を描くという行為が突出してうまいわけではない」という意味で書いています。

著者が言うように、「美術がわかる=感性が必要」ということではなく、美術をわかるためには、

「それが評価されるようになった歴史を学ぶ」

『アートがわかると世の中が見えてくる』p.13

ことなのです。

歴史だけではなく、作者の当時の置かれていた状況、気持ちなどもあわせて学ぶ必要があり、それは音楽を学ぶことと共通しているように思いました。

教養がなければ見えないものが多い

第6章では、日本の美術館や博物館が、一般人には難しい説明をしているという話が書かれているのですが、その教養がなければわからない事例についても書かれていました。

「何もない、見ればある」(p.161)のセクションでは、描かれている猫のモチーフが持っている意味を知っている人だけが見えるもの、

目の前にある1枚の絵の向こう側に新たな世界が広がる

『アートがわかると世の中が見えてくる』p.164

と著者が語る新しい世界が見えると、作者と鑑賞する人に共感が生まれることについて説明しています。

これは日本だけでなく、海外でも同じです。

キリスト教の文化圏では、キリスト教を深く知っていれば、「こういうことが伝えたかったのね」とわかることがよくあります。

絵だけでなく、小説などでも同じです。たとえば、世界的な大ベストセラーとなったウンベルト・エーコの『薔薇の名前』は、あまり知識がなくてもミステリーを楽しめる作品ですが、キリスト教はもちろんのこと、ギリシア哲学などを知っている人は、さらに楽しめ、より作者の意図している世界に共感しながら、読み進めることができます。

美術を知るには教養が必要というのは、ここで著者が言っているように、作者と鑑賞する人が共感するための、基礎言語だからなのです。

「美術がわかると世界がわかる」のか?

著者は、「美術がわかると世界がわかる」と説いています。

確かに、日本美術史の側面から見えてくる「日本のポジション」は見えると思いますが、はたして世界がわかるというところまではいかないのではないかなぁと、シニカルな私は考えてしまいました。

この本には、日本の美術が生まれた背景や、それがどうやって育っていったのかなど、日本固有の事情によって発展した日本の美術史について、独自の視点も含みながら展開されているので、それを面白いと感じる人も少なくないと思います。

私のように、小さいころから海外で暮らし、「はじめて出会う日本人」としての役割を求められてきた人にとっては、外からの視点で母国を見ることを日常的に行ってきただけでなく、海外の学校教育でも多面的にものを考えることを練習させられてきたので、「馬場先生はなぜこの本を勧めたのだろう?」と疑問を持ちました。

先生と話したところ、日本の中学・高校では、世界のさまざまな国の歴史や文化を学び、そこから自国について考えることをあまりしてきていないということを伺い、衝撃を覚えました。

私は、理系でしたが、中学・高校で、世界史だけでなく、ギリシア文学、インド文学、ロシア文学、日本文学など世界中の文学の授業、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教だけでなく、ゾロアスター教や神道など世界中の宗教の授業が必修でありました。

さらに、ディベートの授業では、他の授業で学んだ各国・各文化の視点で、多面的に議論をしてきたこともあり、常に「他の国・文化から見たときに、このテーマはどう見えているのか?」ということを、考えざるをえなかったのです。

私はよくアート思考で必要なスキルセットを説明する際に、自分と社会との距離を測る重要性について話していますが、ここでも同じことが言えます。

自分の側から見たときと、社会(世界)から見たときと、どのくらいの差異があるのか。それに対して、自分の「おもい」をどう伝えたいのか。

それを見誤ると、アート思考の最後のプロセスである共鳴は生まれません。

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本書を読んで改めて、自分の視点からだけでなく、他者の視点からも物事を見つめることが大切だと感じました。

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